28. MEMSマイクの組み立て

 MEMS(Micro Electro Mechanical System)技術を使ったデジタル出力マイクについては、すでに第9~11章でADMP441を取り上げてテストを行いました。しかしADMP441はその時点で販売終了していたため、以降はペンディング状態になっていました。
 その後に取り組んだ自作のマイクアンプとADコンバーターで構成した聴覚補助ツールHAT21は、感度や音質の面で十分満足できるものになりました。しかし、構成が複雑でポータブルなツールに仕上げるにはやや大きすぎるという難点があります。そこで、再びMEMSデジタル出力マイクに立ち返ってマイク選びから始めて、MEMS版HAT21の実現に取り組むことにします。



1.デジタル出力マイクの選定

①マイクの選定

 微小サイズのデジタルマイクチップはたくさんあるようですが、あまりに小さくて、手軽に扱えるデジタル出力マイクモジュールはほとんどありません。I2Sインターフェイスをもつ小型MEMSマイクモジュールとして、スイッチサイエンスに「SPH0645LM4H搭載 I2S MEMSマイクモジュール」がありますが品切れ状態(本文書公開時点では在庫あり)。これはAdafruitの製品なので直接購入しようとしましたが、送料が80ドルもかかるので諦めました。品質にこだわらなければ、海外の通販サイトに2.9ドルと激安で同型のものもあるのですが、ものがデリケートなマイクだけにおいそれとは手を出せません。
 調べるうちにDigi-Key Electronics (USA)社から入手できることがわかり、『Adafruit Industries LLC 3421』のページにアクセスして発注しました。単価は為替レートで変動しますが820円前後です。ステレオマイクにしたいので予備を含めて4個購入。送料は2,000円かかりますが対応がていねいで迅速、注文後5日で入手できたので価値ありです。
 外観は写真のとおりですがサイズはちょうど1円玉に収まる大きさです。必要に応じて、6つの端子に付属の6本足ヘッダーピンをハンダ付けします。その際は、マイクには裏表があることに注意してください。


②仕様とインターフェイス

 主な仕様は以下のとおりです。
  ・A/Dコンバータ:24ビット
  ・インターフェイス:I2S(Inter-IC Sound)
  ・SNR: 65dBA
  ・周波数特性: 20Hz~10kHz
  ・最大音圧(peak): 94dB SPL
  ・所要電圧: 1.62V~3.6V
  ・サイズ: 16.7 mm x 12.7 mm x 1.8 mm

 6つの端子名と機能は次表のとおりです。
端子名   機能説明
3V 電源3V
GND 電源とI2SインターフェイスのGround
BCLK I2Sインターフェイスの基準クロック(マスターから供給)
DOUT I2Sインターフェイスのデータ出力
LRCL I2Sインターフェイスのワード選択クロック
SEL チャンネル選択 GND接続なら左チャンネル、3V接続なら右チャンネル


2.マイクの配線と動作確認

①システム環境の準備 <重要!>

 I2Sインターフェイスを扱うので、システム環境が前回までとは一変します。第16章で、ADコンバーターのためのインストールをする前に、I2Sデジタル出力マイク(ADMP441)の動作環境をSDの形で保管するようにお願いしました。現在のSDカードを外して、保管していたSDカードに差し替えてください。
 バックアップSDがない場合は、第8章でI2Sモジュールをセットアップする前にお願いした、システムのバックアップSDから、MEMSマイクを使うために必要なI2Sモジュールのセットアップを行う必要があります。それも無いとなると、第5章のOSインストールにさかのぼって、一連のインストールをやり直さなければなりません。
 以降は、I2Sデジタル出力マイク(ADMP441)の動作環境が復元できていることを前提として進めます。すなわち、第8章で行ったI2Sインターフェイスの設定(GPIOピンの割り当て)とI2Sモジュールのインストールが完了していることが前提です。


②ブレッドボードにステレオマイクを組み立てる

 さて、SPH0645LM4Hはいかほどの性能であるか、ブレッドボード上にステレオマイクを組み立てて試してみます。ボード上の配線は下の写真のようになります。
 3VとGNDは、それぞれブレッドボードの+と-ラインに繋ぎます。2つのマイクのBCLK、DOUT、LRCLは相互接続します。SEL端子をどこに繋ぐかでマイクの左右が決まります。左側マイクは-ラインに、右側は+ラインに繋ぎます。これでステレオマイクが完成です。+、-はRaspberry Pi ZeroのGNDと3.3Vに接続。BCLK、DOUT、LRCLはそれぞれGPIO18、GPIO20、GPIO19に接続します。

 第8~9章と内容が重複しますが、GPIOピンの割り当てとPi Zero側の接続を掲げておきます。
 〔GPIOピンの割り当て〕

 〔Pi Zeroの使用ピンと接続先〕
[[ Raspberry Pi ]] Usage ..... Device:Wire Color(Function) Mic:Purple(3V) *3.3V 3V3 (1) (2) 5V GPIO2 (3) (4) 5V GPIO3 (5) (6) GND GPIO4 (7) (8) GPIO14 GND (9) (10) GPIO15 GPIO17 (11) (12) GPIO18 *CLK Mic:Yellow(BCLK) GPIO27 (13) (14) GND GPIO22 (15) (16) GPIO23 3V3 (17) (18) GPIO24 GPIO10 (19) (20) GND GPIO9 (21) (22) GPIO25 GPIO11 (23) (24) GPIO8 GND (25) (26) GPIO7 GPIO0 (27) (28) GPIO1 GPIO5 (29) (30) GND GPIO6 (31) (32) GPIO12 *PWM0 Amp:Brown(Left) Amp:White(Right) *PWM1 GPIO13 (33) (34) GND *GND Amp:Black(GND) Mic:Orange(LRCL) *FS GPIO19 (35) (36) GPIO16 GPIO26 (37) (38) GPIO20 *DIN Mic:Red(DOUT) Mic:Green(GND) *GND GND (39) (40) GPIO21 *DOUT

 実際の接続の様子は写真のとおりです。


③動作テストと評価

 Raspberry Piの電源を入れて、以前にダウンロードした(第11章のスケルトンプログラムで)htskelton.cをコンパイルして実行します。その前にヘッドフォンアンプのボリュームを絞ってください!"
$ gcc htskelton.c -o htskelton -lportaudio $ ./htskelton
 ヘッドフォンアンプのボリュームを調整すると音声が聞こえてきました。左右の集音の動作も確認できたので、この配線にしたがって2つのマイクを繋げばステレオマイクにできることがわかりました。

 音声は明瞭なのですが、第27章までで試してきたコンデンサーマイクに比べると、やや音質が硬いようです。しかし、ボード類が大幅に削減できることを考えると大変魅力的なマイクといえます。聴力補助ツールHAT21での使用を前提にして、ステレオマイクを製作することにします。


3.ステレオマイクの製作

 これからしばらくは工作の時間です。マイクモジュールが長方形なので、縦長の円筒形に、縦方向に立てて収納することにしました。デザインは各自の好みで腕を振るってください。
①必要な材料

 大半の材料はホームセンターや百均で入手できます。マイクを組み付ける基板は何でもいいのですが、2.54mmピッチのものを裁断して使います。また4芯シールド線はオヤイデ電気のものがお勧めです。
 ・アルミ丸パイプ  外径 19mm、内径 17mmのパイプをホームセンターで入手(写真左)。
 ・アルミ板     1mm厚 少々 ホームセンターや通販で入手。
 ・アク取り     百均ダイソーの食器コーナーで購入(写真右)。金網部分だけを切り取って使います。
 ・スタンプ消しゴム 二層カラー構造。ダイソーで購入。
 ・ラッカースプレー 油性ブラック 100ml。ダイソーで購入。
 ・アロンアルファ  一般用瞬間 2g。ホームセンターで購入。
 ・両面スルーホールユニバーサル基板(秋月電子) 3cmx7cmを14mmx25mmにカットして使います。
 ・極細フレキシブル4芯シールド線(2929) AWG28 オヤイデ電気通販で調達。
 ・L型ピンソケット 1 x 6 (6P) 秋月電子で購入。
 ・ハンダと配線少々


②工具類

 ・金切り鋸
 ・電気ドリル(ドリル刃 2.0mm, 2.6mm)
 ・小型のセンターポンチ(なければ「けがき針」状に先が尖ったドライバー)
 ・小型の鎚
 ・ヤスリ (小型の平ヤスリと丸ヤスリ)
 ・サンドペーパー(中目#150、細目#800)
 ・ニッパー
 ・ラジオペンチ
 ・カッターナイフ
 ・電気ゴテ(30W程度)


③工作手順
 以下は一例であり、自由に工作を進めてください。一気に作業を進めたため途中行程の写真がなくてわかりにくいと思いますが、できるだけ文章で詳述します。ここでは写真④のような出来上がりを考えていて、この背面にタイピン状のクリップを取り付ける予定です。くれぐれもケガをしないよう十分に注意してください。
 ・アルミパイプの窓開け

 マイクの最終的な縦方向のサイズを27mmに設定しています(天板と底板を除いて)。パイプから切り離すと丈が小さくて扱いにくくなるので、棒状のままで左右二つの窓を作ります。万力があればパイプを簡単に固定できるのですが、無いので相棒(連れ合い)の手を借りてしっかり固定してもらいました。
 写真①のように正面中央部を4~5mm残して、下から6mmあたり、上から5mmを目安に窓を作ります。
 窓の上下は金切り鋸で切れ目をつけます。縦方向は、枠の予定位置の内側2mmの場所に、センターポンチ をあてハンマーでたたいて、ドリル穴開け用の凹みを刻みます。縦方向真ん中に1つ、それを挟んで上下2つずつ、合計5つの凹みを4列刻みます。
 続いて、2.6mmのドリルを凹みにあててずれないように20個の穴をあけます。空いた穴どうしをニッパーで切り取ると窓部分ができあがります。切り取ったあとのギザギザした部分は、ヤスリで丹念に削り取り、サンドペーパーで仕上げます。今回もっとも根気を要する作業です。
 最後に。背面にシールド線を通すための穴をあけます。ドリル刃が滑りやすいので、センターポンチでしっかりと凹みをつけて、細目の2.0mmのドリル刃で穴を開けます。続いて2.6mmのドリル刃で少し穴を広げます。シールド線の径は2.7mmなので、丸ヤスリで穴のサイズを調整します。


 ・パイプの切断

 ここでマイクの筐体部分を切り離します。アルミパイプを端から28mmの位置で、金切り鋸でカットします。切断面を約1mm、中目のサンドペーパーで削り取って、細目のもので仕上げます。


 ・天板と底板の作成

 1mm厚のアルミ板を円形に切り抜きます。直径はアルミパイプの外径と同じ19mm。金切り鋸で21mm角に切り抜いてニッパーで円に整形し、あとはヤスリやサンドペーパーで仕上げます。


 ・塗装

 写真②のように、黒のラッカースプレーを吹き付けて塗ります。二度塗り、三度塗りして仕上げます。


 ・底板の接着と上蓋の作成

 スタンプ消しゴムを直径20mmの円形に切り取ります。これは上蓋の栓として使うため、サンドペーパーを使って、アルミパイプの内径よりやや大きい17mm強の円形に仕上げます。さらに厚さも3mm程度まで削り取って、蓋になる円形アルミ板の一枚にアロンアルファで接着します。また底板は、円筒(筐体)の下部にアロンアルファで接着します(写真③)。


 ・ステレオマイクモジュールの作成

 横14mm、縦25mmでカットしたユニバーサル基板を挟んで、2つのマイクモジュールを背中合わせで配置して配線をします。ユニバーサル基板は、必要なサイズの部分をカッターナイフで切り傷をつけて、その傷に沿ってラジオペンチで挟んで折り曲げると簡単に切り取れます。左側マイクのSEL端子はGND端子と繋ぎ、右側マイクはSEL端子を3V端子と繋ぎます。その他は同名の端子どうしを接続します。これでステレオマイクモジュールができあがりです。
 4芯シールド線をマイク後部の穴から通して、ステレオマイクモジュールの各端子にハンダ付けします。マイクの左右が正しい位置になるよう注意します。端子名とシールド線の網線およびカラー線との対応は次のとおりです。
   3V  赤色
   GND  網線
   BCLK 黄色
   DOUT 白色
   LRLC 黒色
 シールド線の外皮を注意深く剥いて、各色線のハンダ付け部分の被覆を取り除きます。この時、被覆は爪でしごいて引っ張って除去するのがコツです。被覆が柔らかいので、ニッパーや刃物を使うと芯線を損傷してしまいます。


 ・組み立てる

 金網を切り取ってマイク筐体にはめ込みます。底の部分に、弾性の強いワイヤーで輪っかを作って押し込むとしっかり固定できます。シールド線を筐体から抜き出しながら、ステレオマイクモジュールを筐体に収めます。ハンダ付け部分が金網に接触しないように注意します。
 これに上蓋を押し込んで完成させるのですが、この時、必要であれば蓋のゴム部分に溝を切って、マイクモジュールを正しい位置に固定できるようにします。


 ・シールド線の処理

 シールド線のもう一方はL型6Pのピンソケットにハンダ付けします(写真左)。
   1,2: 網線(GND)
   3 : 赤色(3V)
   4 : 黒色(LRLC)
   5 : 白色(DOUT)
   6 : 黄色(BCLK)
 Pi Zeroとはブレッドボード・ジャンパーワイヤー(オス-メス)で接続します。


 思いついたものを形にするのは面白いですが、十分な工具がない状態での金属加工はなかなか大変です。アルミパイプの窓開けでは、ヤスリによる成形とサンドペーパーによる仕上げに汗をかきました。
 それにしても、ここに至ってデジタル出力MEMSマイクに焦点を絞ることになってしまいました。遅ればせながら、コンパクトなHAT21システムを実現するための切り札になりそうです。次回から、いよいよ聴力補助ツールHAT21の製作に着手することになります。 お楽しみに!