1.近鉄下市口駅から観音峰登山口へ
自宅を始発バスで出発して、岡山駅から新幹線を乗り継いで大阪阿部野橋駅には9時前に到着。アベノハルカスで昼食弁当を購入する予定だったが、まだシャッターが閉じている。急いで近辺のコンビニを探し、子供の弁当のようなものとカレーパンを買って電車に乗る。
近鉄南大阪吉野線の特急で61分、下市口駅に到着した。すぐ前のバス停で待つ洞川温泉行きに乗り込む。
ザック姿は他に一人だけだ。その彼はみたらい渓谷を歩くようで、天川河合で下車した。ほぼ1時間で到着した観音峰登山口で降りたのは自分だけ。
バスの進行方向と逆に向かって進むと、左手に「みたらい遊歩道」のアーチがある。さらに虻(あぶ)トンネル方向に進んで行く。
左に観音峰登山口休憩所が現れる。ここには清潔なトイレと駐車場がある。駐車場はすでに満車状態だ。
準備を整えてスタート、登山口へは吊り橋を渡る。ゆらりひと揺れ、橋の下に御手洗渓谷の清流を観る。
2.第1展望台から観音平に向けて
橋を渡ると植林の階段を登って行く。足元にはハナニガナの黄。
早速、足が止まる。コアジサイが咲いている。この霞のような淡いブルーのフワフワは、時の流れを忘れさせるような魅力を持っている。その先にあるのはヒトリシズカの居残りだろうか? 後で確認すると、キンボウゲ科ルイヨウショウマのようにも見えるのだが・・・。
吊り橋から15分ほどで「観音の水」に着いた。石臼のようなものに清水が滴っている。手に受けて口に運ぶと、爽やかな流れが身体を潤す。30年以上も前に訪れた信州、まだ今ほど観光化が進んでなかった大王わさび農場で飲んだ水に、風味が似ていると思った。これは美味い。
少し木の根の張った道になってきた。
左手に第1展望台への道があり登ってみる。ここまで何人ものハイカーに会ったが、展望台には人影がない。木々にさえぎられているが、深い山々の姿が美しい。
元に戻って歩き始めるとフタリシズカがいっぱい咲いている。黄色いのはニガナの花だ。
こんな橋がいくつもある。この石垣は何だろう。緩やかで長い木段を踏んで行く。ゆっくり豊かな時間が刻まれる。
苔に染まった住宅跡のようなものは何だろう? すぐに鳥居が見え広場になる。
立派な休憩所が建ち、「王八大権現」の碑のそばに石段がある。
石段を登ると大きな「お歌石」がある。元弘2年、合戦に敗れた大塔宮護良親王(だいとうのみやもりよししんのう)が観音峰の岩屋に身を隠し、「よしの山 花ぞちるらん天の川 くものつつみをくずすしらなみ」と詠んだそうである。この歌を彫ったのが石灰岩であったことから風化してしまい、それを復元したものである。
次の道標を見て「観音の岩屋」へ登ることにする。だが、この道標の左の文字が消えており、それを知らずに登ったことから回り道をすることになる。
花のないヒトリシズカの群落を見ながら登ると、大岩を穿った祠がある。手を合わせて山行の無事を祈る。
先の道標を見落としたためそのまま進んでしまい、スリットのような岩の隙間をくぐって前進する。ザックをこすりながら通過するが、その先を登ったところで道が消え、やむなく引き返すことに・・・。後続のハイカーに道を教えてもらい、道標の所まで降りて行く。
その時、サラちゃんと思しき犬がすれ違いざまに通り過ぎ、急ぎシャッターを切る。サラちゃんは、昨年、桟敷ヶ岳でヤマシャクヤクを見つけた時に出会った犬で、関西で有名なブログ「かおりと山のあなたの空とおく」のかおりさんと行動を共にしている犬である。あまりの偶然に、立ち尽くして見送った。
少しばかり息が上がる坂を登って行くと、大木の脇に大きな蝋石が埋まっている。大塔宮護良親王の歌は、こんな石に刻まれていたのだろう。
九十九折りの急坂を乗り越えて、掲示板に行き着いた。その先から貴重植物保護のロープ柵が張られている。
すぐ先に、待ちかねたベニバナヤマシャクヤクの蕾が二つ。時期が早すぎたかな、と思いながらカメラに収める。
3.観音平のベニバナヤマシャクヤクと眺望
左側はロープ柵があるので入り込めない。その中に咲き初めの姿を認めるが近づけない。ズームで可憐な姿をいただいた。
ついに観音峰展望台に着いた。入れ替わり立ち替わりハイカーがやって来る。ここにもフタリシズカが咲いている。
ロープが張られていない右側に、何人も下りている。ザックを置きカメラ一つで駈け下りると、ブラボーを漏らしてしまうほどの一輪が待っていた。
これはウマノアシガタか?花弁がややスマートなのだが・・・、とシャッターを切ると、その先に野いちご。
トリカブトかと思って近づくとジキタリス(別名「狐の手袋」)だった。山の斜面を紫に染めている。後で知ったのだが、このジキタリスは希少種の山野草を脅かす嫌われものの外来種で、毒性が強いことから動物などに食べられることなく大繁殖して、管理に手を焼いているそうである。
ウツギ(ウノハナ)も負けずに咲いている。ところで、ウノハナには香りがない。「卯の花の匂う垣根に、ホトトギスはやも来鳴きて」はイメージとニュアンスのなせる技、面白い。
観音峰展望台からの眺望は実に素晴らしい。東には尖った大日山と稲村ヶ岳が見える。
南には弥山と、近畿地方最高峰の八経ヶ岳(はっきょうがたけ)がそびえる。
素晴らしい眺望を楽しみながら昼食をとる。しかし予定時間をかなりオーバーしていて、頂上に立ってから引き返すか、計画通り三ツ塚~法力峠へと周回するかを考えながらの食事でもあった。こんな愛らしい蕾がこちらを見ている。
北側の風景は遠く霞んでいる。手前下方向には白の平オートキャンプ場から洞川温泉街の方が見える。
いつまでも居たい腰を上げて移動にかかると、今回最高のもてなしを受けることに!!
森林伐採や採集によって急速に数を減らしている状況で、このように一般開放されていることには感謝したい。観賞ルールを守ると共に、不用意に傷つけたりしないよう皆で配慮し、楽しみたいものである。
4.前衛峰~観音峰山頂へ
北にそびえるのは観音峰ならず。あれは前衛峰で、じわりと効いてくる運動量をこなさなければたどり着けない。鮮やかな黄色のウマノアシガタが気合いを入れてくる。
辛抱強く登って行く。写真ではルートの分かりにくい部分があるようだが、目印のテープも踏み跡もしっかりしていて、視界が悪くならない限り問題はない。
他の草にさえぎられて判然としないが、こんなマムシグサを見ながら山頂に着いた。木々にさえぎられて視界が効かない広場である。
三角点にタッチして、何種類もの山名板を確認する。かなり頑張ったのが幸いして、予定の時間を取り戻してさらに10分間の余裕ができた。計画通り三ツ塚・法力峠へ向かうべくスタートする。
5.三ツ塚~法力峠
山頂までは沢山のハイカーと挨拶を交わしたのだが、ここから先は深閑としている。踏み跡は明瞭だけれど、注意を怠ってはならない。何カ所も設置されている黄色の道標に出会うたび、ホッとしながら先を急ぐ。
あちこちにバイケイソウの群落がある。こんな、蕾がついているものもある。
三ツ塚までは起伏のある尾根を歩く。ミヤマシキミの紅い実が道辺に散在する。
山中でよく見かける大きなコケが縦横に広がっていた。形状が美しい部分を撮影して帰宅後に調べたが、コケの図鑑には見つからない。あれこれ探した結果、これはヒカゲノカズラというシダ植物の一種らしい。場所によって異なる幾何学模様を形成しているが、これはどんな意志あるいは因子に基づいているのだろう。
ヤマシャクヤクの姿もある。ベニバナヤマシャクヤクよりも1カ月ほど早く開花するので、今はこの姿だ。その隣りにあるのは見た記憶がある葉なのだが・・・、トリカブトに似ているような・・・。
ヤマゴボウが蕾をつけている。プチプチしたのがそれぞれ花で、小さな白いのがビッシリと開花する。
これはムラサキサギゴケで、コケと名が付いても苔の仲間ではなく、ゴマノハグサ科の植物だそうだ。観音峰山頂から下りと登りを3回繰り返して三ツ塚に到着した。
観音平、観音峰山頂を越えて、今3つ目のピークに立っている。東側に顔を覗けた大日山と稲村ヶ岳に、少しだけズームで寄ってみる。植物を観察しながらも、かなり歩行のピッチを上げてやって来た。予定よりはかどっているので5分間の小休止をとる。
相変わらず誰もいない道を進む。法力峠(ほうりきとうげ)までにはロープを張った急坂もあるが、これをつかむほどではない。ところどころ踏み跡がわかりにくいので注意して進む。要所にはいろんな標識や道標が設置されているので不安にはならない。
三ツ塚から1時間で法力峠に到着。余裕時間を多めにとっていたが、使わずに済んで気持にゆとりができる。
道なりに東へ進めば稲村ヶ岳への登山道だ。とても歩きやすい感じの道をカメラに収め、ここは北に進路を変えて下山にとりかかる。
6.蛇谷から五代松鍾乳洞を経て下山
次から次へと橋が現れる。いずれもよく整備されていて感謝だ。
またコアジサイが群生している。この花に会うたび心身が癒やされる。沢山咲きそろっていて、周辺に淡い香りが漂い、何度も深呼吸を繰り返しながら進む。
ヤハズアジサイはまだ花をつけていない。細い道をエッサエッサと下りて行く。
蛇谷(じゃだに)に差し掛かると、巨大な倒木が谷をまたいでいる。これに沿って注意深くゴロ石を踏んで行く。続いて、橋で谷間をひと渡り。
山腹の植林の道を下る。コアジサイに代わってヤマアジサイが小さな花をつけている。
母公堂(ははこどう)分岐に出た。「熊出没注意」の貼り紙が、いま下りてきた方向に掲示されている。イヤハヤ、そ~だったのか! ここは五代松(ごようまつ)鍾乳洞へと左の道を進む。
大きな岩が現れ、それを回り込むと「五代松新道五十年記念」の文字。
苔むした岩の間を行くと、左山手に五代松鍾乳洞の出口があった。
下りの階段になり小屋が見えてきた。五代松鍾乳洞にはこの小屋の傍から入るらしい。この時はすでに閉まっていた。さらに進むと小さな駅舎のような建物があり、下からここまで簡易モノレールで上がれるようだ。。
駅舎を横切ってさらに下り、渓流の橋を渡って取水装置のようなものの近くを行く。
その先に「出迎行者」と刻まれた台座があり、役行者が祀られている。
手前には沢山の下駄が供えられている。ここは修験節律根本道場奥之院への登拝口でもある。
さらにこの道を下りて、大峰蛇之倉七尾山(おおみねじゃのくらななおさん)に参拝した。そこから車道を歩くと左に稲村岳登山口がある。
7.洞川温泉街をバス停に向かう
山中の車道を500mばかり進むと洞川温泉街に着く。雰囲気の好い旅館や土産物店などが軒を連ね、浴衣掛けの人たちがそぞろ歩く。簾越しに食事を楽しむ様子もチラホラ。そこここに「陀羅尼助」の看板や広告塔が建っている。陀羅尼助(だらにすけ)は、古くは役行者が作ったとされる和漢胃腸薬で、洞川は吉野と並ぶ生産地なので納得。山岳信仰をうかがわせる「行者の宿」や「小角(おづぬ)」の掲示も見え、何とも好い雰囲気である。
心を鬼にしてバス停に向かえば、持影橋では浴衣姿が山上川の清流を見つめている。それを横目に、ザックを放り出して缶ビールを買いに走り、目をつむってバスに乗り、朝買ったカレーパンを肴に呑む。頭がしだいにベニバナ色に染まって行く。