1.「もくもく号」で目的地へ
北大路駅前から雲ヶ畑岩屋橋行きのバス、「もくもく号」の乗り場にはすでに大勢の待ち行列ができていた。マイクロバスの定員を超えると、乗合タクシーの応援車が次々に来るので心配はない。一番最後に、ここで知り合った素敵なご夫妻と同乗することになった。
当初の予定では、雲ヶ畑岩屋橋で下車して、薬師寺経由で桟敷ヶ岳からナベクロ峠方面を歩こうと考えていた。これに対してお二人は、まずできるだけ早く祖父谷峠に近づいて、探索時間を稼ごうとの計画。
今回の主たる目的はヤマシャクヤクとの対面なので、お二人の計画に相乗りさせていただくことにして、岩屋橋から追加料金を払って祖父谷林道へ乗り入れる。降車位置は祖父谷峠に近い林道の終端である。
2.祖父谷峠~ナベクロ峠
少し歩くと祖父谷峠への道標があり、細い沢沿いの道を進んで行く。奥様が、ヤマビルが出そうで気味悪いと言いながらどんどん前進する。
一面にクサソテツが群生しており、それをバックにマムシグサ。そしてクリンソウに出会う。
沢の水溜まりに大量のオタマジャクシがひしめきあっている。いったいどんなカエルに変身するのだろう。体長7~8mmの小さいのが塊をなしているのは少々気味が悪い。
この水場を越えたらもうヤマビルの心配はない。青空に緑の斜面が広がっている。
送電鉄塔No.らしい数字を記した黄色いプレートと、樹木に吊された「ナベクロ峠」の道標。
ここから電力会社の巡視路らしき道を登って行く。かなり急な階段が続く。
斜面一帯にウリハダカエデが繁茂している。樹皮に暗緑色のマクワウリに似た模様があることからこう呼ばれる。春の光を浴びて、あたりを爽やかな緑に染めている。
急坂が終わって一呼吸。奥様が送電鉄塔を指さして、あれは「ネコチャン鉄塔」と呼びますと教えてくれる。なるほど、と目も耳もある姿にピントを合わせる。
目標の送電鉄塔に着いた。すぐ南に桟敷ヶ岳が見え、あまりに近いので地図を見直す。桟敷ヶ岳を背負った写真を一枚。
鉄塔下からは遠望が効き、東には遠く武奈ヶ岳、西には愛宕山が見えている。
鉄塔から10分足らずでナベクロ峠に到着した。ここでマムシグサを発見。周囲にはヤマツツジがきれいだ。その中に開花寸前の1本を見つけた。
3.ヤマシャクヤクと桟敷ヶ岳山頂
峠を越えて、ヤマシャクヤクを探しながら桟敷ヶ岳へと向かう。しかし、なかなかそれらしい花には出会えない。時折り、奥様の眼が白いものを捉えご主人が双眼鏡で確認する。「ほら、あそこに白いのが見えるでしょう」と指さされるが、自分には何も見えない。
双眼鏡を置いたご主人が大きく動いて、「確かめに行ってくる」「あった~!」「下りておいで~」、で歓声。
ついにヤマシャクヤクの群生と対面だ。ちょうど同じころ、愛犬サラちゃんを連れたWeb界では山花情報発信の有名人・かおりさんが見え、これもラッキー。4人と一匹で、「北山の貴婦人」を愛でハッピーな時間を過ごす。
幸せな時間の後は、桟敷ヶ岳山頂でランチタイム。山頂は広々としていて、中央部に山頂標が立ち三角点が設置されている。ちょっと奇妙なのは、三角点標石が2つあることだ。ひとつは傾き破損したキズがあるので、そうでない方が正規のものかな? 周囲は木々のため見通しはよくない。
4.岩茸山~薬師峠
バスの時刻に余裕をもって少し早めに下山しようと、12時47分に薬師峠に向けて行動を再開する。緩やかなコルを越え、すぐに南側の送電鉄塔に着いた。
西には北山山系の大展望が広がり、東には比良山系の山々。ほぼ真東に赤白の電波塔がある。ご夫妻から、これは京都北山のランドマークともいえる杉峠の電波塔であることを聴く。
尾根を5分ほど歩くと、最後の眺望地点というポイントに立った。送電鉄塔とほぼ同じ標高だが、木々にじゃまされず見通しがきく。手前に貴船尾根、その向こうに鞍馬尾根、そして遥かに比叡の山々があり、京都の街並みを望むことができる。
少し速度を上げて下りにかかるが、反射板が見えたところでストップ。冬道に入ったようなので、尾根道を歩きなおしたいから引き返そうということになった。「北山は道標がほとんどないので、以前見た景色と違うと怖くなる」と奥様。
尾根道とはいえ、ややはずれを進んでいるようで、場所によってはトラバースしているような気分になる。
13時30分、岩茸山への分岐に到着した。真っ直ぐ行けば近道なのだが、ぜひ岩茸山山頂に立ち寄りたかったので、ここからお二人とは別行動をとることにする。バス停での再開を約束して、雑木林を足早に登って行く。
数分で岩茸山に着いて山頂標識を確認、鮮やかな山ツツジが歓迎してくれる。
地図を片手に薬師峠に向けて下山を始める。地図上ではほぼ直線状に南下するはずなのだが、東に下っているように感じられる。ところどころにある赤テープを手がかりにしばらく進むが、地図上の計画ルートより東に外れているように感じられてならない。地図とコンパスを取り出すが、木々で視野が狭められて現在位置を特定することができない。かなり時間ロスを生じるが、万全を期して、岩茸山分岐まで引き返すことにする。
岩茸山分岐からは、二人が下りた方向へと早足に進んで行く。しばらくして、ふたたび計画ルートから外れているように感じるが、視野が狭くて地形を把握できず、現在位置の特定に自信がもてない。踏み跡を逃さないよう、赤テープを見失わないように気を配りながら、トラバース気味にどんどん下りる。
尾根道に出るがなお視界は開けない。671mピークと思われる地点を過ぎて、しばらく行ったあたりに倒木があり、その先で道が消失している。「北山は道標がほとんどないので怖くなる」と言っていたのを思い出してしまう。倒木をまたいでみると、踏み跡が三方向に複数あるように感じられる。時刻は14時15分で、まだ遅くはない。進行方向の探索にはかなり時間と体力が必要になると考え、まずは水分補給をしてじっくりと地図を見直すことにした。
背後で音がする。やってきた男性三人組みに挨拶する。時計を見ると10分以上も経過している。彼らは倒木をまたぐと右よりの踏み跡に足を運ぶ。後を追って進むと、岩屋橋・薬師峠分岐の道標。これでやっと現在地を把握できた。
後を追って約10分、右手に古めかしい墓が見えてきた。目指していた薬師峠である。
時刻は14時40分。小休止をとって三人組みと話すうちに、岩屋橋へは走っても15時30分の最終バスには間に合わないとの見解。方向は逆になるが、よければ途中まで送ってあげると言われる。バス停で再会するというご夫妻との約束が気にかかったが、ここは同行をお願いする他ないと判断する。ご夫妻に連絡したかったが、この位置では携帯電話は圏外で応答しない。
5.大森大谷へ下山~嵯峨嵐山駅
14時48分、雲ヶ畑とは正反対の方向へと下山を開始する。
こんなに気が急く状況でクリンソウに出会う。小ぶりだが形の良い姿にシャッターを切る。
速歩状態で25分、麓の休憩舎に到着した。下り立ったのは大森大谷で、ようやく携帯電話が通じるエリアになった。くだんのご夫妻に連絡をつけてもらうべくバス会社に連絡し、「同行者は別ルートで安全に帰着したゆえ、安心して帰宅されるよう」伝言を依頼する。
ここは清滝川の上流だ。車を停めているところまで歩き、さらに45分、三人には高雄を経由してJR嵯峨嵐山駅までお送りいただいた。
今回は素敵なご夫妻に心配を掛け、三人組みに力を借りての下山という、とんでもない山行になった。皆さんに感謝するとともに、ヤマシャクヤクとの大切な出会いを心に刻んでいる。