名 称

かさいやま

所在地

岡山市北区

標 高

340m

山行日

2011年4月13日

天 候

快晴

同行者

なし

アクセス

JR津山線・備前原駅下車

マップ

このマップは、国土地理院の電子国土Webシステムから提供されたものを使用しています。

コース概要

JR津山線備前原駅 9:58若宮八幡宮 10:02(道に迷う)法万寺 10:29御茶堂 11:08
満蒙開拓青少年義勇軍慰霊碑 11:48笠井山公園(山頂:昼食) 12:00〜12:46薬師院 13:00〜13:05
電話中継塔周辺を散策 13:27〜13:58(下山開始)13:58加計学園岡山理科大学自然植物園 14:38
国道53号線 15:05横井小学校前バス停 15:09

1.出発〜スタート地点

 起き出せば快晴。先日来の山歩きで変調をきたしていた臀部の痛みが引いているのを確かめて、即出かけることにした。
 が、ぐずぐず準備をしているうちに出遅れて、JR備前原駅へ着いたら10時になっていた。

 ここから、山頂付近の民家や電波中継塔、それに桜の淡い彩りをうかがうことができる。道端には、近くにある有森裕子さんの資料館「アニモ・ミュージアム」の案内板が設置されている。
 これから登って行くあたりをズームで寄ってみる。山も麓も花がいっぱいで楽しい山歩きになりそうだ。

2.若宮八幡宮〜御茶堂

 地図を片手に北へ向かい、若宮八幡宮を左に折れて500mほどで再び北に進路を取る。
 庭先で洗濯物を干しているお母さんに挨拶すると、「お気をつけてお出かけください」。爽やかな応対に足取りが軽い。

 ところが、しばらく歩いても地図上のμ(ミュー)の字形になっている道路に出合わない。そのうち左手に池が見えて来て、予定の南面舗道コースではなく車道ルートを進んでいることに気づく。

 このまま行こうかとも考えたが、それでは当初の計画から大きく外れてしまう。
 やむなく引き返すが、若宮八幡宮のすぐ西にあるはずの法万寺がなかなか見つからない。若宮八幡宮から西に進んだところに民家に向かう細道があり、それを入って左折するとようやく法満寺にたどり着くことができた。スタート地点からわずか150mほどの移動に30分近くかかってしまった。

 笠井山南面舗道コースは、寺を左に回り込んだところから勾配のゆるい舗装道路で始まる。登りはじめてすぐに、民家の裏庭の子犬に吠えられる。怪しいものではないよと舌打ちで合図をするが、それと同時に、大型犬とその手下らしいのにトリオで吠え立てられることになる。
 舗装道はすぐに終わって山道に変わる。しだいに体温が上昇してきて、坂が急な部分では立ち止まって汗をぬぐう。

 林ばかりで展望がきかずひたすら前進する。

 法万寺から30分ほどすると満開の桜が現れた。位置と木の間隔から、麓から見えるものとは違うと思いながらもデジカメに収める。桜の木々越しに龍ノ口方面の景色が素晴らしい。

 実際の山道が地図とは微妙に異なっているように感じられる。途中にある御茶堂がいっこうに現れず、気づかずに通り過ごしたに違いないと思っていたら不意に小屋が現れた。中には3体のお地蔵様が祀られている。これが御茶堂だろうと独り合点して参拝し、先を急ぐ。

3.民家・廃屋〜三差路

 ほとんど道標がない。途中に唯一「隆国寺」と手書きしたものが木の枝に吊り下げられていたが、これは無視して直進する。

 ようやく見えてきた民家が、近づくに連れて実は廃屋であることがわかって驚いた。しっかりとした高い石積みの上の、蔵のような建物と母屋らしきものがビッシリと蔦に覆われ、庭には一面に雑草が茂っている。

 廃屋の石垣に咲く花の美しさが印象的だった。

 やはりがっしりと積み上げられた石壁の民家があり、その周囲には桜、満作、椿、藪椿などが溢れるように咲いている。

 草むらの中に墓碑らしきものがある。「笠井山〜」の立派な石柱があるが、「〜」の部分が草で陰になり何かは判らずじまいだ。

 さらに進むと三差路に着いた。

4.笠井山公園展望台〜薬師院

 三差路で初めて道標らしい道標に出合い、これにしたがって笠井山公園へと向かう。

 その途中に、満蒙開拓青少年義勇軍慰霊碑があった。「友よ安らかに」と刻んだ大きな石碑で、傍に生存者一同からのメッセージが石版に刻まれている。

 ここから登り坂を700mほど行くと、笠井山公園の入口と薬師院参道の分岐点となる。
 笠井山公園に向かうと展望台は桜の木々に囲まれていた。

 広場に水道があり、蛇口をひねったらきれいな水が勢いよく出たので驚いた。339mの山頂付近でも水の便は良い。

 2つの階段を上った展望台の屋上には安全鉄柵があり、南側に展望ガイド板が設置されている。ここからは360度の素晴らしい眺望。ちょうど12時になったので、屋上のコンクリートの床に座り込んで、贅沢な眺めを楽しみながら昼食にする。まるで天上にいるような気分、フェンス越しに桜の花と里の風景が広がっている。

 食事中に遠くからバイクの音が聞こえたような気がしていたのだが、突然、階段を駆け上る音と共に青年が現れたのには驚いた。仕事休みにバイクで山を巡っているとのことで、しばらく山の話をする。山道に入ってここへ着くまで、最初に出会ったのがこの青年だった。

 ていねいな会釈をして青年が去り、昼食を片づけて双眼鏡で下界を眺めていたら、岡山空港のANA機が少し動いているように思えた。ねばり強く観察して、ジェット機が滑走路へ移動し力強く離陸して彼方へと消え去るまでを確かめた。
 なおしばらくとどまり、岡山空港、金山、本宮高倉山、そして三角点などをデジカメに収めて展望台を下りる。

 途中で初老の男性とすれ違い挨拶をする。近隣の町内から来ていると聞きしばらく話す。この方は自営で水道工事をしていて、仕事の帰りに立ち寄ったとのことであった。軽トラックに同乗して行かないかと誘われるが、目的を説明して丁寧に辞退する。
 元の分岐点へ戻って、引き続き薬師院への参道を下る。

 入口の大きな藪椿がびっしりと花をつけていた。御薬水井戸を観てから参拝する。

 入口の案内板に「眼病に霊験あり」と書いてあり、最近は目がしょぼつくのでしっかりお願いしようと思っていたのだが、その段になってすっかり忘れていた。お賽銭だけはちゃんとお納めしたのだが、いかがなものか。

5.電話中継塔〜頂上付近の民家

 三差路まで戻って、まだ通っていなかった真ん中の道を進む。
 麓からよく見える電話中継塔とその近くの桜を確かめるのが目的だが、それはすぐに見つかった。

 中継塔は三差路から600mほど東にあり、少し進んだ位置から中継塔と桜並木を確認できた。そこまでの南面には何軒もの民家があった。TVアンテナがパラボラだけなのが興味深い。

 中継塔の近くには立派な邸宅があり、南面は大きなガラスの引き戸になっている。さぞかし眺望がいいに違いない。変わった花壇らしきものが設置されていて、どのような人がお住まいかと気に掛かった。

 桜並木は二階建てビルの庭とおぼしき場所にあるのだが、このビルが閉鎖されており進入を阻む鎖がかけられていたので入り込むのは差し控えた。

 この位置からの風景が素晴らしく、中継塔や民家と共に、龍ノ口や操山などに向けてシャッターを切る。

   

6.三差路〜国道53号線分岐

 三差路から下山をはじめる。
 道路の前方をおばさん二人が行く。その後をのんびりと歩く。

 このおばさんたちに追いついて、横井方面へ行く道に間違いないかを確認する。別れ際に、遠いから気をつけるようにと繰り返し言われる。おばさんたちは元気で優しい。

 桜の並木を横目にどんどん進むと、やがて民家が見えてくる。
 道端にハッとするような艶やかな姿の桜もある。

 何やら、四角いステンレス製のタンクのようなものが見える。フェンスに「学校法人・加計学園」のプレートが取り付けられている。このあたりから山裾にかけて、道路の北側一面に、加計学園所有の岡山理科大学自然植物園が広がっているのだ。

 やがて野球場が見えてくる。その先に立派なテニスコートがある。テニスコートの管理建家には「岡山理大付」の看板が見える。
 後で確かめたら、どちらも岡山理科大学付属高校のものであることがわかった。

 植物園はさらにその下まで広がっていて、フェンスの彼方に管理棟らしきものが建っている。大学や付属高校・中学がある理科大町からこの一帯までと、さらに道路北面にかけての広いエリア。その中間部分にある陸上自衛隊駐屯地を差し引いても、加計学園の所有地は広大なものだと感心する。

 左に水道タンクを眺めながら下っていくと横井上の集落が見えてくる。山陽自動車道の南にはマスカット団地の住宅も見える。

 下りきると新池だ。新池の真ん中を山陽自動車道が通り、橋の向こうには国立病院。
 橋の南側に移動すると、おやっ!大きなビルに「岡山理大」の文字。これは今年1月の「ウォーク日本1800」の折りに、昼食場所になった加計学園第三記念体育館だ。その時は記念体育館から理科大町までの山道を歩いて、北側はすべて陸上自衛隊駐屯地、南の部分が加計学園の所有地だと思っていたのだが、こうしてみると加計学園の広大さにはあらためて驚かされる。

 新池周辺にカメラを向け、かくして無事に国道53号線へと合流。

 岡山中心部への最寄りのバス停は、大昔に何度か訪れたことがある懐かしの「横井小学校前」。岡電バスは1時間に2本の運行で、次の便まで待ち時間があったので一駅歩き、「小幸田口」から帰途につく。