1.環太平洋大学ソフトボールグラウンド~三差路
きりりと背筋が伸びるような朝、JR瀬戸駅から出発する。駅前を北にとり、瀬戸郵便局前の交差点を左折して県道96号を西へ向かう。
瀬戸橋を渡って直進する。県道の左手が南方向で、手元の地図と地形を照合する。火の見櫓の向こうのひときわ高いあたりが大廻山と思われる。
環太平洋大学ソフトボールグラウンドへの案内板が立っている。ここを左折して舗装道路を歩く。
この道を300mばかり進むと池に出合うはずだ。眩しい陽光の下に寒気を含んだ大気が揺れている。抜けるような青空に足が弾む。
池に出合って進路が正しいことを確認できた。緩やかな傾斜を進むとスポーツウェアの娘さんが3人、路上に並んでウォーミングアップ中。あそこがグラウンドですと元気よく教えてくれる。右手にグラウンドが見えてきた。
まだ陽光が届かない道をゆっくり上がって行くと三差路になった。
左折すれば谷尻方面で、帰りに通る予定の道だ。右折して常楽寺の方へ進む。このあたりは道標がまったくないので地図が必要である。地図上の送電線路と地形を確認すると、通り過ぎた梢の上方に送電線が見えている。
2.山道入口から北側ルートを進む
三差路を右折するとすぐ、右手に山道の入口がある。ここまで舗装道を歩いており、この後も舗装道の予定なのだが、この歩きやすそうな山道を進みたくなる。地図上にも細線でルートが描かれているので予定を即変更する。
少し前進すると薄暗くなり、足下に雑草が繁っている部分が増える。倒木もあるが、道筋がはっきり見えるのでくぐって前進する。
再び歩きやすい道になり速歩で登って行くが、いよいよヤブコギになってきた。
ヤブコギから抜け出すと目印の黄色いテープが目にとまる。しかしテープはこの1カ所だけで辺りにはそれらしきものが見当たらず、ルートとしての脈絡が認められない。ぬめった沢のようなところに出たが、これは簡単に通過できる。
沢から先はほとんど踏み跡をたどって登る。時々道らしい部分が現れては消える。やがて大きな岩に出くわす。
岩を越えた先では、あちこちに倒木や木が迫って幅の狭い場所があり、通り抜けるのに時間がかかる。それでも、今回はリュックサックはいらないと考えて、ワンショルダーのボディバッグだったのが幸いした。リュックならさらに時間を要したはずだ。サファイヤのような実をつけているのはリュウノヒゲ(龍の鬚、またはジャノヒゲとも)、薄暗い一角でコバルトブルーに輝いている。
リュウノヒゲを通り越して登るが、時折り確認できる踏み跡がこちらに向かっているように思われる。すでに大廻山を通り越したのではと感じながら、リュウノヒゲからさらに15分以上も登る。地図が役に立たないほど視界が閉ざされているので、とにかく上を目指すことにする。木々の枝を掴み、足場を探し、バランスを崩さないようによじ登る。10分ばかり格闘のような登りをこなして送電鉄塔にたどり着いた。しかし、鉄塔から先に伸びる送電線路が地図と一致せず、周囲が見えないので現在地を特定できない。
視界を得たい一心でさらに高みを求めて移動を始める。大きな岩を回り込むが、その先は木々がブロックしていてとても進めそうにない。
ようやくピークに出た。どうやら大廻山の西のピークのようなのだが、ここも視界が効かないので確信できない。南面が開けているはずだとヤブコギで移動すると、明らかに人の手が入った斜面に飛び出した。
斜面の先にはミカン園があり、それを巻く道らしい地形をみてホッとする。ところが、少し進んだところで犬の吠え声が聞こえてきた。何匹もいるようで嫌な感じがする。
民家があり、入口近くにいくつも檻が置かれている。いっせいに吠え立てているが気になるのは鎖につながれた一匹だ。鎖と首輪が新しいことを確認し、どうやら道の端までは移動できそうにないことを確かめて通り抜けた。ところが、舗装道に出たところで首輪のない一匹が吠えてきた。犬種は先の鎖につながれたのと同じである。落ち着いて睨み合い距離を空けていく。
産業廃棄物の保管場所があり、その前で道路が何本も交差している。そこに「国指定史跡・大廻小廻山城跡」の解説板が設置されている。落ち着いたところで、衣類にヤブコギによる引っかき傷や裂け目がないかを調べ安堵する。
3.大廻山~小廻山
大廻山を目指して解説板から北に登りかけると、「私有地につき立入禁止」の立て札がある。これは困った。しばし逡巡したが、ただ通過するだけなので了解を得ようと登って行く。ところが次の分岐でも「関係者以外の立ち入りを禁ず」の立て札。
通行の了解をいただくべく進んだが誰にも出会うことはなかった。はっきり理解できたのは、このような静かな環境にあって、もし大勢が押しかけたり賑やかにやって来れば、住民の方には迷惑千万に違いないということである。
大廻山の山頂はわずかに藪が切り開かれてはいたが何もなかった(山頂標識すら)。少し下りたところで東の風景を眺めただけで次の小廻山を目指す。
小廻山までは明瞭な道がついている。登り口から5分ほどで山頂の三角点に着いた。
すぐそばに八大龍王を祀っている。八大龍王は雨乞いの神である。石碑に「享保八癸卯(みずのとう)」と刻まれている。北には大廻山一帯が見える。
小廻山から下りかけると北東に熊山、北西に金山と本宮高倉山を望むことができた。
4.谷尻方面へ下山して瀬戸駅へ
産業廃棄物保管所の分岐に戻り、当初往路に予定していた道を常楽寺へと下りにかかる。山の斜面にヤツデがびっしりと実をつけている。
舗装道を下りながら思い当たった。車で移動していれば放された犬も恐くないわけで、もしかするとその存在すら気づかなかったかも知れない。猟犬でなくてよかったが犬との遭遇は想定外だった。常楽寺が見えてきた。平安時代後期に開基された天台宗の寺である。
大きな「畑かん貯水槽」が設置されている。畑地を灌漑するために動力揚水機によって水をくみ上げ貯蔵する施設だが、配電盤は取り外されていて機能していないように思われる。荒廃した畑地のイメージがオーバーラップして、何ともやりきれない気分になる。
やがて今朝方踏み込んだ山道入口に帰着し、三差路を谷尻方面へと下る。
右側に池を確認し左岸を下って行く。
武部神社の石鳥居を通り越して谷尻の集落に着いた。
ここからはJR山陽本線沿いの舗装道路を瀬戸駅に向かってウォーキングだ。往き来が激しい車に注意しながら中国電力上道変電所の横を通過する。
浮田橋を渡りながら左手を眺めると、遠くに行きで通った瀬戸橋が見える。
こうして無事瀬戸駅に戻り着く。スリルに満ちた北側山道は、振り返れば面白かったように思えるが再び歩くことはないだろう。低山とはいえ、今回の北側山道のような状況に遭遇すると途中から引き返すのが鉄則だ。それを破ったのは、地図やコンパスを持参していたことに加え、子どもの頃の山の記憶が蘇ってきたことにある。
昔々のことになるが、中学生の頃しばしば近くの山に松葉かきに出かけていた。当時、茶色になって落下した松葉は炭や割木を燃やすための下火起こしに重宝したので、山に出かけては竹製の熊手で斜面に積もった松葉を 掻き下ろしてドンゴロス(麻の袋)に詰めていた。背丈より大きい熊手を持って、ドンゴロスを引きずりながら斜面を移動する記憶が蘇ってきたのである。こうなれば、直面している斜面も消失した道もさほど問題ではなかった。
しかし、無事に帰着してこそ楽しい山歩きであれば、今回のような歩き方は決して勧められるものではない。また、登ってはみたが、大廻小廻山そのものが出かけるに足りるかどうかは疑問が残る。再度出かけるとすれば山歩きではなく、山城跡の探索を目的に、瀬戸町郷土館あたりを起点にして一の木戸水門から土塁を巡るのが良いのかも知れないと思っている。