名 称

おかやまさんぽ

地 域

岡山市北区

距 離

約9.5km

日 付

2020年10月13日

天 候

晴れ

同行者

相棒と

アクセス

JR岡山駅から宇野バス美作(みまさか)線で15分、三野バス停で下車

マップ

    

     このマップは、国土地理院の電子国土Webシステムから提供されたものを使用しています。

     下記のマップは「岡山カルチャーゾーン連絡協議会」のサイトからダウンロードしたものです。
     ダウンロードは右のリンクからどうぞ! ===>  岡山カルチャーゾーン連絡協議会『岡山カルチャーゾーン』

    

コース概要

宇野バス三野バス停 10:45岡北(こうほく)大橋新鶴見橋鶴見橋後楽園夢二郷土美術館
荒手茶寮水辺のももくん月見橋あぐりの道岡山県立図書館烏城公園石山公園
アロアロ(昼食)オリエント美術館RSKメディアセンター県立美術館天神山文化プラザ
岡山シンフォニーホール市民会館RSK本社(RSK HD)林原美術館岡山県庁中国銀行本店
日銀岡山支店シネマクレール禁酒会館ルネスホール
※歩行総数: 約16,000歩、 距離: 約9.5km、 所要時間: ゆっくり歩いて4時間程度です。

その他

青空が綺麗な写真に混じって雲が多めのものが4枚あります。実は撮影モレがあり、翌日もう一度出かて撮り直したものです。わかるかな?

1.三野バス停から旭川堤防を行く

 バス停から見える旭川の河川名標識。吉井川・高梁川と並ぶ岡山三大河川のひとつである。ここから旭川堤防を南に向けてスタートする。この道に平行して右側は車道になっている。先日見た曼珠沙華がどうなっているかが気にかかる。

 少し鮮やかさには欠けるがまだ美しい。猛暑の夏が長引いて彼岸を迎えても開花しなかっただけに、長持ちしているようだ。しばらくその姿を眺めながらゆるゆると進む。

 これは三野浄水場の取水塔らしいのだが、何となくピノキオの顔を連想してしまう。眉・目・耳があり、鼻が長く伸びている。すぐ下流に堰堤がある。この辺りで水流が分けられて、対岸の側は百間川へ流れていくようだ。

 水位観測所のあたりに幼稚園児が賑やかだ。みんな虫取り網を振り回している。こうして歩いている足元に、カマキリがいたりバッタが飛び回っているのだから大喜びだろう。

 右手の土手下には岡山水道局三野浄水場の東門。川に沿って広大な敷地があり沈殿池や濾過池が並ぶ。すぐ先には活性炭貯留槽が見えている。

 これは旭川河口からこの地点までの距離を記した標識で、200m毎に設置されている。スタート地点から少し進んだところに「12K0」があるのだが、この間の標識は伸びた雑草に覆われている。10月半ばなのに夏日の予報で相棒はこんな出で立ち。足元はおしゃれなウォーキングシューズで決めている。

 河原にはラベンナグラスが繁茂している。ヨーロッパ南部原産のイネ科の多年草で、こんな大きな塊が2つある。この季節には茶褐色の穂をつけていて、高さは4m近くもあるだろう。右側には紅葉の桜並木が続く。

 前方やや左に操山山系が広がる。写真では判らないが右下に安住院の多宝塔が見えている。写真・右は、さらに少し左に位置する大多羅の芥子山。山頂にある航空標識のドームが白い点に見える。どちらの山も気軽に登れて楽しい山だ。

 舗装と土道が半々の道路。平坦な舗装道よりも凸凹の土道の方が人にも足にもやさしく感じられるのは、どうしてだろうか。セイタカアワダチソウは背高泡立草と書くのだが、確かに的を射ている。よくこれだけ成長するものだ。本来は北アメリカの原産で、日本では切り花観賞用として導入された(Wikipedia)と知ってビックリだ。

 おや、きれいな月見草が咲いている、と思っていたら大間違い。これはマツヨイグサ(待宵草)なのだ。太宰治は「富士には月見草がよく似合ふ」と申し、夢二は「待てど暮らせどこぬ人を宵待草のやるせなさ」と間違えたのが実はマツヨイグサ。これらはたぶんオオマツヨイグサだったのではないかと思われる。他にもコマツヨイグサやメマツヨイグサがあり、この写真はどちらにも似ていてよく判らない。ススキはまだこんな状態だ。

 桜並木が終わると正面に「心臓病センター 榊原病院」、右手に「ラ・ムー」などの商業集積が見えてくる。

 車道の右下に見えてきたのは「吉備土手下麦酒」。ちょっと立ち寄りたいところだが火曜は定休日。正式名称は「吉備土手下麦酒醸造所 本工場・普段呑み場」? おいしいビールを造り、できたてをそのままグラスでいただける。ランチメニューもありで、旭川の風景を眺めながらジョッキを傾けることができる。

 こんな楽しそうなサイクルショップのプレート看板が設置されている。

 小さな堰がある。いつもは水鳥が多いのだが今日はお休みのようだ。付近にはひっつき虫が花をつけている。ひっつきもっつきとも呼ばれる草の本名はセンダングサ。

 言わずと知れた草冠に秋の「萩」の花。地味な花だけれど、群生するとあたりがピンクに染められる。下りの新幹線が鉄橋を渡って行く。岡山駅が近いので気を抜いた走りをしている。

 振り返ると商業集積の賑やかな広告塔。金ピカの大黒さんはひときわ目を惹く。背後の山は何度か登った笠井山だ。山頂からの眺望が素晴らしい。新幹線の架橋が近づいてきた。

 「心臓病センター 榊原病院」を見ながら新幹線架橋の下を通り、続いて岡北(こうほく)大橋の下のトンネルをくぐる。

 トンネルを抜けてふたたび堤防に上がり、岡北大橋を川下側から眺める。

 道はJR在来線とクロスする。踏切警報機が鳴動し赤色灯がブリンクする。遮断機が下りて下り電車が通り過ぎる。

 踏切を渡って対岸に見えるのは就実大学・就実短期大学。図書館講座や同学吉備地方文化研究所の講演の聴講などで何度かお世話になっている。遠くに新鶴見橋が見えてきた。

 川向こうにはよく登っている操山の姿。振り返った山並みは金山(かなやま)と本宮高倉山。
 この辺りの地は「兵団」と呼ばれる。正式な地名である。明治維新後に、貧窮した武士に農業を兼業させる、あるいは農業の若手を有事の際に兵にする「農兵」という制度があり、農兵の宿舎や訓練場が置かれていたのが地名の由来だそうだ。撮影できなかったのだが、写真右の木の下に川へ張り出した石組みの突堤「出石(いずし)」がある。これは「高瀬舟の発着場跡」で、江戸時代から昭和初期にわたり旭川を上り下りして運送を行っていたという。他にも「御旅所跡」という神輿行列の到着場がある。初代岡山藩主池田光政が造営した東照宮祭礼時に使ったとのこと。この祭りは城下最大の行事で、「西国最大の権現祭」と呼ばれるほど賑やかだったということである。同地にあるJR西日本兵団寮入口付近に、これらの解説板が設置されている。

 車が行き交う新鶴見橋下のトンネルをくぐる。

 住宅脇の道を直進すると鶴見橋の西端に到着する。これを渡ると岡山後楽園だ。

2.岡山後楽園付近を周遊する

 鶴見橋は車線と同じ幅の歩道で二分されている。この歩道は人だけでなく自転車もOKだ。橋を渡り詰めるとバス乗り場がある。昨年リニューアルしたバリアフリーのバス停だ。

 後楽園への入口、そして後楽園正門。入園にあたってマスクの着用、消毒液による手指の消毒、その他新型コロナウィルス感染症対策への要請事項が掲示されている。雄大でゆったりとした庭園なので、散策しながら清々しい空気を自由に呼吸したいところだが、当分はマスク着用で我慢はいたしかたあるまい。

 正門の正面にも「密集回避」の注意書き。岡山県立博物館は改修工事のため今年4月から令和4年9月頃まで休館。定評のある博物館講座も当分は受講できそうにない。

 年に数回は入園している後楽園だが、今日は時間の関係でパス。近くの金木犀が満開で、仄かな甘い香りが一帯に漂っている。

 入場券売り場に外人さんの9人連れがやって来た。以前なら普通だった風景を懐かしく感じてしまう。博物館前のベンチ、相棒のそばには離れて背中合わせでなければ座れない?

 緑青色の屋根が美しい土産物店の残夢軒を眺めながら蓬莱橋へ向かう。

 蓬莱橋を渡ると夢二郷土美術館。竹久夢二は現在の瀬戸内市邑久町出身の、大正ロマンを代表する画家である。「夢二式美人画」と呼ばれる独特の浮世絵のような画風が特徴だ。ここは作品や資料約3,000点を所有し、常時100点以上を展示している。夢二については、もう十年以上も前の展覧会(たしか2009年に高島屋岡山店で)へ出かけて、後期に取り組んだ図案、モダンでレトロな(変な表現だけれどそう感じた)ポスターなど、商業美術のデザインのセンスに感銘したのを憶えている。

 ふたたび後楽園に戻って、東側の外周を歩く。で、このとき忘れていたのだが、バス停側へ少し戻ったところ(蓬莱橋と鶴見橋の間)に「竹久夢二詩碑」がある。それにはあの有名な詩が刻まれている。
     まてど暮せど来ぬひとを
     宵待草のやるせなさ
     こよひは月も出ぬさうな

 コスモスが今を盛りと咲き、芙蓉が大輪の花をつけている。

 荒手茶寮(あらてさりょう)は老舗の懐石料理店で迎賓館などに利用されている。玄関に立っただけで奥ゆかしい雰囲気。庭に「皇太子殿下御泊處記念」の碑が建つ。

 荒手茶寮から200mばかり南へ進むと旭川桃太郎緑地に出る。その南端に「水辺のももくん」の像が立つ。岡山市制100周年を記念した平成元年(1989)生まれで、岡山名産の桃を高々と掲げた姿が可愛い。

 荒手茶寮の裏手へ戻りかけたあたりに、富山県生まれで岡山県の林業振興の功労者である「久郷梅松顕彰碑」が建つ。

 そのすぐ近く、川に面して第六高等学校艇友会「漕」の碑がある。そこから月見橋の方向を望む。

 月見橋へ向かう途中で見える岡山城は、やや痩せ気味である。岡山城と旭川を展望できる位置にベンチが設置されている。

 詩碑が建つ。昭和天皇が昭和42年4月に植樹祭で岡山にお越しになった際、後楽園に立ち寄られた。翌年の歌会始で、散策された時の旭川の印象を、御題「川」によせて詠まれたのがこの歌である。
    御製
      きし近く烏城そびえて旭川 ながれゆたかに春たけむとす   侍従入江相政謹書

 南門の近くにあるレンタルボート。スワンと可愛い桃ボートが並ぶ。いちばん手前の首が黒いのは丹頂鶴だ。

 これが後楽園の南門。園名を刻んだ石柱のそばに「後楽園の入園にはマスクが必要です IT IS MANDATORY TO WEAR A FACE MASK」の立て看板。

 後楽園を後にして岡山城へと月見橋を渡る。途中からふり返ると「Cafe & Restaurant」で食事中のカップルがこちらを見ている。下にはレンタルボート、そしてここは岡山城撮影のベストビューポイントでもある。

3.岡山城から「あぐりの道」をカルチャーゾーンへ

 宇喜多氏が基礎を築き、その後に小早川、池田氏により整備拡張されてきた岡山城。黒い下見板の外観から、別名「烏城(うじょう)」とも呼ばれる。金のシャチホコが美しい。その北側に位置するのは廊下門。

 辺りを緑に囲まれる中、民生委員制度の先駆となる済世顧問制度を制定した笠井信一の立像がある。隣接して「岡山開府四百年記念開祖宇喜多氏顕彰之碑」。岡山市発展の礎を築いた宇喜多父子を顕彰するために建立されたものである。

 旭川に沿って岡山城の東を巡る道は「あぐりの道」と呼ばれていたのだが、今はその形跡も失せたようだ。1997年4月からNHKの朝ドラ「あぐり」の主人公吉行あぐり(田中美里さん主演)は岡山市生まれの実在人物。働く女性の元祖といえる生き方が多くの共感を得た作品だった。彼女の女学校への通学路としてロケ撮影されたのがこの道で、以来「あぐりの道」と呼ばれるようになったのであったが・・・・。いつ歩いても清々しい良い道だ。城の石垣は、決して大きい石ではないが丁寧に積み上げられているのは美しい。

 「六十一雁木上門」は旭川に臨む「水の手」に通じる勝手筋の階段である。当初61段の階段(雁木)があったのが名前の由来とか。その横に、板状の大石を組み込んだ石塁がある。関ヶ原合戦後の池田氏が大がかりな整備をした時に築かれたもので、これを使って櫓門が架けられていたこともあったようだ(「岡山市教育委員会」解説板)。

 宇喜多秀家が築いた石垣の隅角を、小早川秀秋が石垣を継ぎ足して改修した跡だ。「秀家は安定性の高い大型の石材をきちっと積んでいるのに対し、秀秋は丸みの強い石材を粗雑に積んでいる」とある(「岡山市教育委員会」解説板)。歴史の批評は厳しいゾ! いい加減な仕事はできないねぇ!  対岸には、さっきの「水辺のももくん」が見える。

 城の南には広い空き地がある。岡山城周辺を歴史公園として整備する計画があるらしいので今後が楽しみだ。相生橋の向こうには岡山県庁分庁舎のビル(中央)。

 岡山県庁通りを右折すると立派な建造物の岡山県立図書館。来館者数、個人貸出冊数で全国トップ、連続日本一を誇る図書館である。自分も直接・間接に大変お世話になっている施設だ。毎年の購入冊数は3万冊を上回り東京都に次いで2位、豊富な蔵書と良好なサービスをみんなで共有したい。

 図書館西の道路を北へ向かう。この敷地が元は岡山市立丸之内中学校だったことを忘れまい。敷地に建てられた森下勲・作「風の通る路」のオブジェは同校同窓会が贈呈。いよいよ文化の香りが強くなってきたぞ。

 信号を右折すると「烏城みち」。50mほど進んで左折する。

 行き着く先は烏城公園。岡山城の築城当時に集められた大石が積み上げられ、石塀を成している。

 10月18日から始まる後楽園菊花大会を前に展示場の準備が進んでいる。毎年この季節には、ここから不明門まで、手塩にかけた逸品が展示される。岡山城西側の立派な石垣を見ながら北へ向かう。その先に岡山城の月見櫓があるのだが撮影モレ。

 突き当たりを上がって堤防に出ると、右手(東)に月見橋。北には、旭川が後楽園に面して緩やかにカーブを描く。

 最近になって、石山公園の一角にできたオープンカフェ。おおぜいがくつろいでいる。近づくとピザの香り。む、ビールもあるぞ。

 すでに午後1時半を過ぎている。たまに立ち寄る「岡山グルメと珈琲の店 ALO ALO」に腰を落ち着けて、今日はエビ飯セットをいただきました。

 店を出て通りを渡るとオリエント美術館。開館から40周年、珍しいオリエント・コレクションの展示や、オリエントに関する催しなど行っているが、ただ今閉館中。10月1日から2021年11月までの長期休館で、建物の大規模改修工事を実施しているとのこと。

 その北隣、以前は後楽館中・高校があった跡地に近代的なビルが出現。RSK山陽放送の新本社「RSKイノベイティブ・メディアセンター」である。1階に総ヒノキ造りの能舞台を備えた「能楽堂ホールtenjin9(テンジン・ナイン)」(250人収容)があり、放送業務開始は21年度から。それに先立ち、10月から伝統芸能の公演や演奏会、講演会などを実施するという。これは楽しみだ!

 建物の正面に、岡本太郎の陶板レリーフ「躍進」が浮かび上がる。これは1972年の山陽新幹線・新大阪−岡山開業に合わせてJR岡山駅構内の広場の壁に設置されたものだが、修復されてここに帰ってきた。縦3.9m横8.3mの巨大な陶板レリーフ「躍進」は、不思議なパワーと柔軟さを感じさせる。嬉しいねぇ、これこそカルチャーゾーンにふさわしい。
 当日は何かイベントがあったらしく、スタッフがレリーフの前でマイクを握って説明、来客らしい人々が見入っていた。

 道一本を挟んで岡山県立美術館。今年は期待していた特別展「ミレーから印象派への流れ」が中止になったのは残念だった。晩秋の日本伝統工芸展を楽しみにしている。天神山文化プラザは外壁等の改修工事を実施中。2021年3月10日までの予定だ。ここは何度もレコードコンサートに参加していたのだが、新型コロナウィルスで休止状態。当分開催はムリなようで残念だ。

4.丸の内・内山下のカルチャー施設

 天神山文化プラザから南に進むとアムスメール上之町。東隣には円筒形の岡山シンフォニービル。岡山シンフォニーホールのコンサートも新型コロナで大半が中止、ようやく岡山フィルハーモニック管弦楽団の演奏会が再開されるのは嬉しい。しかし、首席指揮者のシェレンベルガーさんは感染症に係わる入国制限措置で来日できず残念。
 シンフォニービルには大型書店の丸善があり、一般図書から専門書まで品揃えが充実している。ぶらり立ち寄ると世界が広がるようだ。また周辺には画廊やギャラリーが多く、これを訪ねるのも楽しいだろう。

 東に150~200m移動すると岡山市民会館。50年以上の経過で老朽化が進み、千日前地区の新文化施設が完成する2023年には役目を終える。著名なオーケストラの演奏会はもとより、小さなアルゼンチンタンゴのバンド「キンテートレアル」、フォルクローレのユパンキとファルー、往年の中国女子短期大学(現中国短期大学)フラウエンコールの心打つ合唱、ギターのイェペス等々、昭和40年代から足を運び続けた音楽の殿堂だ。今でも、管弦楽を聴くのは二階前列のやや左寄りの席が音質最良と思い込んでいる。
 その南にはRSK本社。旧本社と呼ぶ方が適切なのかな? シンボルマークRSKの後にHDの文字が付け加えられていたので、調べてみたら、昨年4月に放送事業をRSK山陽放送に譲って、持株会社に移行していたんだね。

 RSKホールディングスの西向かいは「旧岡山市立内山下小学校」。江戸時代には岡山城二の丸西丸であり、池田光政公がこの場所を隠居所にしていたとある(岡山教育委員会案内板)。西側には西丸西手櫓が現存している。廃校からすでに20年近くたつが、その昔、八歳の息子がここで岡山市ジュニアオーケストラの入団試験を受けたこと、入団後にここで練習を重ねていた記憶が懐かしい。

 南に一つ目の信号を左折すると「烏城みち」。左の石垣は旧RSK本社だ。通りの向かいには「RSK岡山映像ライブラリーセンターがある。

 烏城みちの突き当たりを右折すると、右側に林原美術館。岡山実業家・林原一郎が蒐集した、日本をはじめとする東アジア地域の絵画や工芸品、旧岡山藩主池田家から引き継いだ大名調度品を中心とするコレクションを蔵する。この林原一郎氏こそ、研究開発や経営多角化で林原グループの礎を築いた人物である。2007年にNHK「日本に長寿企業あり」で紹介され、岡山生え抜きの企業として注目されていた林原株式会社だったが、今は長瀬産業の子会社となっている。有為転変と言おうか、諸行無常と言おうか・・・・。
 そして、この散策の翌日、4代目社長を務めた林原健さんの訃報が流れた。トレハロースやインターフェロンの開発で林原を世界的なバイオ企業に育て上げた人、メセナ活動にも力を注いだ人であった。

 そのまま南に出ると左手に岡山県庁。右手にはRSKプロビジョンがある。今日はRSKとの出会いが多く、この一帯がRSKゾーンであるかに感じてしまう。

 西の城下筋に出ると中国銀行本店の美しい高層ビルが際立っている。その北にはさほど目立たないが渋いつくりの日本銀行岡山支店。庭木がよく整備されている。

 北に進むと、同じ側にシネマクレール丸の内。壁を何やら把握しきれない文言が飾る。これはローレンス・ウィナーというコンセプチュアル・アート(自分はこれを理解できないのだが・・・・)の牽引者の一人が、「岡山芸術交流2019」に参加しての作品。自分の理解を超えている。その北には岡山禁酒会館のレトロな建物。登録有形文化財に指定されている。カフェのライスカレー(カレーライスでなく?)が有名と聞くが、自分は時折開かれるライブ演奏を親しく感じている。

 Uターンすると、岡山クリーニングの壁にペーター・フィッシュリ ダヴィッド・ヴァイスの「より良く働くために /How to work better」。ふ~ん、良いこと書いてるが、これが芸術なのか!? 元の方向へ帰って行く。

 岡山は路面電車が元気である。ラッピングで色とりどりの岡山電気軌道の電車たち。最近は、鉄道アニメの「チャギントン」が街中を走り回っている。

 大本組本店のスリムで美しいビル。庭がきれいに整備されている。クリスマスが近づくと、特大のクリスマスツリーが現れる。近くにある透明な円筒とコンクリート壁にツタが貼りついたのは岡山信用金庫内山下支店。どちらもかなり芸術的である。

 そして極めつきはルネスホール。ギリシャ建築風の正面には、コリント様式の柱飾りが施された4本のエンタシス柱があり、荘厳な雰囲気を湛えている。旧日本銀行岡山支店が文化芸術の創造拠点として生まれ変わったもので、有形文化財に登録されている。公共ホールとして、演奏会や講演会、展示会などに利用されている。くだけた演奏会では、軽食やカップビールを片手に耳を傾けることもできる。
 元の公文書庫を利用した公文書カフェで、旨いコーヒーをと思ったが火曜日は定休日。また、と言うことにしてここでお開き。