1.高野山駅~高野山奥の院~摩尼山登山口
南海高野線の急行電車は橋本駅から先は各駅に停車する。ホームに眼を向けたらカーブしたプラットフォームに先頭車両が見える。読んでいた本を放り出して、発車間際の乗降口から身を乗り出してシャッターを切る。カーブに差しかかるたびに、レールだか車輪だかがグュィ~ンと発音するのが面白い。もう本は閉じて、登山電車のようにゆるゆると走行する車窓から、木々の切れ目に姿を覗かせる山風景を眺める。
極楽橋に着くとケーブルカーに乗り換える。欧米系の外国人が多いのには驚いた。一見して日本人でないと判るアジア系の人たちもいるので、もしかすると日本人の方が少ないかも知れない。
高野山ケーブルは330mの高低差、最大勾配29.2°を5分で移動する。電車の発着と同期して運行され、電車とケーブルの駅舎が同じなのでとても便利だ。高野山駅に到着すると外に出て、隣接するバス乗り場に移動する。
大阪環状線から南海高野線に乗り換える新今宮駅で、「高野山・世界遺産きっぷ」を買ったので交通費は割安だ。二日間有効で、バスは高野山駅前から奥の院前・大門の間で乗車フリー、いろんな特典もついている。しかし今回の新今宮での乗り換え時間はわずか4分で、一人待ちの窓口。確実に入手しようと思えば時間に余裕が必要。バスはおよそ18分で終点の奥の院前に到着した。
直ちに行動開始と思っていたのだが、この枝垂れ桜には足が止まる。奥の院参道に入るとゆっくり歩む人たち。
できるだけ静かに、目立たないように、そしてぶつからないように人の間をすり抜けて進む。歴史上の人物や政財界の大物たちが眠る空間を、頭を垂れて無心に進む。それでもこの二つだけはカメラに収めた。
弘法大師御廟の方へ左折して進むと大黒天と厄除大師。
その向こうに水向地蔵、尊像に水を手向けて先祖の冥福を祈る場所である。尊像の美しいお姿を頂戴する。
トイレや準備を済ませ、水向地蔵の先のきよめ橋から出て右折し車道を左折する。
少し進むと右側に分岐道があり鎖を張っている(この時は緩められていたが)。道標にあるように、ここは直進する。
さらに4~5分行くと再び右に分岐道が現れる。道標には「摩尼山登山道」とあり、ここを入って摩尼山へ向かう。先ほどまでとは打って変わって人の気配がなく、聞こえるのは鳥の声ばかり。最初は緩やかで歩きやすい道で始まる。
しばらく進むとまた分岐が現れた。
2.摩尼山登山口~摩尼峠~摩尼山山頂
道標の「現在地」からここが摩尼山登山口であることが分かる。右上がりの矢印を見て、上がっている右へと向かう。穏やかな天気と爽やかな空気を感じながら前進。次の道標も標識も現れないので、少々変だと思いながらもなお前進する。ところが、登るはずなのに下り傾斜になってきてストップ。登山口まで引き返して道標を再確認すると、分岐を左にとらなければならないことが分かる。この間、25分を超えるロスタイムが生じてしまった。
最初は歩きやすかった道が、やがて涸れた沢底のような石ころと枝が積み重なった道に変わる。
遅れを取り戻すために一踏ん張りして摩尼峠に着いた。祠の鐘を撞くとカ~ンと気持ち良い高音が響く。前方から男性2人が下りてきて挨拶。
摩尼峠を後にすると、先ほどのハイカーが打つ鐘の音が追いかけてくる。すぐに急な根っ子道に変わって、しかも、これでもかと急坂の繰り返し。何度も立ち止まって呼吸を整え直しながらの前進。前回ここを歩いた時もしんどかったが、今回は身体の経年劣化を感じてしまう。
ほとんど息絶え絶え状態で摩尼山に到着する。前回はここから引き返したのであった。小さな祠には如意輪観世音菩薩が祀られている。ささやかな賽銭を納めて再会を感謝し、呼吸と脈拍が落ち着くまで小休止する。
3.黒河峠~楊柳山山頂
摩尼山からの楽な下りに気をよくして歩き始めるが、すぐに左が切れ落ちた細い道に変わる。それもつかの間で、傾斜が少ない尾根歩きの道が伸びている。
足元に白いものがチラホラ。見上げるとすっかり葉だけになった山桜。陽光に葉が花のように色付き、光が当たる木肌は銀色に輝いている。
地図上ではすらりと伸びた尾根道なのだが、両側には木々が繁っていて眺望を得られない。
分岐が現れた。折れた石柱が木に結わえられている。「左 楊柳山」と刻まれているのを確認して迷わず左へ。
ところが、少し進んだところで、石柱に刻まれていたのが「楊柳山」でなく「楊松山」だったのではと気になり引き返す。遅れを取り戻すべく頑張っていたのだが、こんな疑念ばかりは無視できない。もう一度間違いないことをしっかり確認して先を目指す。
ストックを取り出して、急な下り坂を急ぐ。
道端に「黒河道」の手書き道標がある。そのすぐ先が黒河峠だった。峠に差しかかったところで、笹薮の道からブロンド髪の娘さんが飛び出してきた。「ハロ~」と元気の良い声、さらにもう一人も「ハロ~」。外人の三人娘が足早に通り過ぎる。「オッ、コンニチワ、キヲツケテネ~」と応答。それにしても彼女たちの馬力、いや体力はスゴい。ここから三本松に下りられるようだ。祠があるが何が祀られているのかわからない。楊柳山まで残すは600mだ。
「高野三山道 →楊柳山」の道標がある。左へカーブした急坂へと向かう。
杉と桧が混在している。樹種を識別するためのサンプル画像にすべくそれぞれを撮影する。
続く急坂にまたもや息が上がってくる。小休止と深呼吸で息を整える。
楊柳山に到着した。三山では最も高い1,009mの山頂だ。楊柳観世音菩薩を祀った祠に賽銭を供える。倒れた石柱に「転軸山 二十丁・摩尼山 二十丁」と刻まれている。ここは両山のちょうど中間点になるわけだ。時刻は14時7分で、まだ最初のロスタイムがそのまま尾を引いている。体力的には大丈夫なので昼食はもうしばらくお預けとし、チョコレートを頬張ってスタートする。
4.子継峠~天軸山山頂
まずは緩やかな坂を下って行く。
三本杉分岐に着いた。左折すれば三本杉方面へ下りられるようだ。石柱に「スグ下ル 転軸山・奥之院 近道」とあるが意味が分からない。直進すれば子継峠を経て転軸山に到り奥の院に下りられるので、そのことを指しているのだろう。
階段の坂を登ると、生き物のような枯木が一角を見つめている。
平坦になった道の脇にクサイチゴの花が咲いている。
杉に囲まれた小高い丘に測量の標石と杭が設置されている。「高野七口女人道」の道標もあるが、左右の地名が消えている。十分に確かめてはいないが、ここが雪池山分岐ではないかと思われる。
杉林の急坂を下って行く。
子継峠に下り着いて子安地蔵に賽銭を供える。右折すると橋本方面、左折すれば転軸山から奥之院へ到る。最後の転軸山まで2kmに迫った。
杉木立の中を下って行く。
3~4分進むと右手に祠がある。何が祀られているかは分からない。この辺りから小さな橋が現れてくる。
水量の少ない小川を渡ると三本杉への分岐道標に出合う。三本杉方面へは通行禁止のトラロープが張られている。
小川に沿って進むと、山側からの水流をまたぐ橋がいくつもある。
左手に湿地が広がる。沼杉とも呼ばれるラクウショウの気根が水面から覗いている。
湿地と木立が調和して絵画のようなシーンを演出している。バロック音楽が流れ来そうな空間、向こうには山桜のような白がイチイの緑と絶妙なコントラストを見せている。
このあたりにも三本杉への分岐があり、道は平坦になってきた。そして車道に出た。
車道を右に進むと左手に転軸山への登山口がある。ロスタイムは解消できないがすでに15時を過ぎている。登山口の階段に腰を下ろして遅い昼食をとる。
登山口から車道を挟んだ向かいの風景。食事をしている15分間に3台の車が通過した。時間に追われているので早々と腰を上げる。
階段のそばにショウジョウバカマが咲いている。階段の上は木の根の坂道だ。
何と、「Beware of Bears!」の貼り紙、「クマに気をつけろ!」と注意事項が書かれている。その先には「熊出没注意」の注意書きも。高野山に熊が出ることは前回歩いたので知っていたが、今日は何人かのハイカーとも出会っていたので無防備である。熊鈴を用意してはいるのだが、閑かな山路は静かに歩きたいし、小動物たちとの出会いを音で遮断してしまうので悩ましいところだ。
熊鈴の代わりに「ヨイショ、ヨッコラ」と大声を出しながら進むが、これは気休め。しかし足取りは断然速くなり、予定よりかなり早く山頂に到着した。ここが霊峰・揚柳山の山頂である。弥勒菩薩をお祀りした祠に賽銭を供えて下山に取りかかる。道標には「奥の院」方面に×印が書かれていて一瞬躊躇する。しかしこれは女人道の道標なので、三山道としてはここから奥の院へ下りるべきと考えて東側へ踏み込む。
5.奥の院に下山して帰路に
杉の枝葉が積んだ道を下りて行く。急坂を、ストックを使いながらジグザグと下る。
湿地に下り立った。新鮮な緑はフキだろうか? 葉の形が少し違うようだが、美味しそうだ。
奥の院の建物が見えてきた。その手前に霊峰・揚柳山から流れ出した清流「玉川」があり、これを渡る。橋は無く飛び石で、真ん中の部分は水に沈んでいるので滑らないように注意が必要。で、何と、着いたところは畏れ多い弘法大師廟の真後ろでびっくり。線香の馥郁たる香りが立ちこめる中を表に向かう。
このあたりは写真撮影禁止と憶えていたので、御廟橋まで出てカメラを構える。御廟橋の下を流れるのは先の玉川である。一礼して厄除大師と大黒天があるエリアまで移動する。
山道を奥の院前バス停へと向かう。その途中、アセビがたくさん花をつけていた。英霊殿の庭に満開の枝垂れ桜が美しい。
終盤のコース運びが順調だった(Beware of Bears!の貼り紙が強烈だった)ことで、一気にロスタイムを挽回して予定のバスに間に合い、16時38分に高野山駅発のケーブルカーに乗車できた。
極楽橋からは特急電車で新今宮駅へ向かう。シートに体を預けて缶ビールで喉を潤すと、今日の行程と車窓の風景とが交錯する。橋本駅を過ぎたらザックから本を取り出そう。気ままに読みながら、新快速と普通電車を乗り継げば22時過ぎには岡山へ帰着できる。