1.羅漢寺から山頂を目指して
羅漢寺は、大同3年(808)に弘法大師によって、稲積大権現の鎮護の宝刹として開基された真言宗の古刹。本尊は阿弥陀三尊である。つまり、稲積大権現をお守りするための寺院として開かれたものである。
清掃が行き届き、あたりに爽やかな空気が漂う。美しい菩薩が立ち、「四国巡礼ミニ八十八ヶ所めぐり」の案内板。山裾から中腹にかけてお地蔵さんが並んでいる。山頂に九十九城跡(つくもじょうあと)があるとは知らなかった。
登山者用の駐車場があり、登山口の道標の脇にはたくさんの竹の杖。「ご自由にお使い下さい」とある。
参拝を済ませて階段を上る。ここからスタートだ。最初に出会った「順路」の標識にしたがって左折する。
墓地の先に稲積権現堂旧跡がある。墓地を抜けると「八十八ヶ所 道しるべ 展望所」の標識があり、矢印の方へ進む。
「八十八ヶ所」の道標があり、道端に石仏が並んでいる。続いてガードの鎖、坂に向けてロープが張られている。
谷側にロープが続く急坂。休憩用のベンチも設置されている。
「頂上まで300m」の標識を過ぎると、「頂上←→八十八ヶ所」の道標。八十八ヶ所はここから下に巡っていて、ここから上は山頂へ向けての道が延びる。
すぐに五合目に到達した。道はよく整備されているがキツい登りが続く。
「頂上まで150m ガンバッテ」の標識。もう一踏ん張りだ。小休止したくなるようなベンチだが、このあたりは傾斜が緩やかなので通り過ごす。
有明浜への分岐を通過するとすぐに七合目だ。
ロープを張り巡らした急坂が続き、九合目を通過する。
2.江甫草山山頂風景
山頂には江甫草保存会の山頂標識と木製のものが並立する。見回したが、九十九城跡とおぼしきものは見あたらない。土塁のようなのがそうなのかな? 見晴らしが効くので城の立地として申し分ないと思われるが、現在は木が繁茂していて下界は見えない。
四等三角点にタッチ! 木々に遮られてほとんど眺望がないので、すぐ近くにある展望所へ移動する。
起伏を越えて50mほど進むと展望所に到着する。眼下に有明浜(別名で琴弾浜とも)が延びているが視野は狭く、天候のせいで暗い。
その左に家並みがあるようだが木が茂っていて判然としない。広大な燧灘(ひうちなだ)を望めるはずだが、これも茂った木々がじゃまをする。
以前に、海側から見るとこの一帯は採石で切り崩されていると聞いていた。国土地理院の電子国土Webシステムの標準地図には明らかでないが、これだけ見通しが良いのは、この下が採石による断崖になっているからだろう。
山頂に引き返してしばらく休憩する。期待していた展望所からの眺望が今ひとつだったのは残念だ。下山後はコミュニティバスを利用しようと時刻を調べる。時間がたっぷりあるので、下山ではまだ歩いてない八十八ヶ所をゆっくり巡ることにする。
3.ミニ八十八ヶ所を巡りながら下山
「頂上←→八十八ヶ所」の道標へ戻ったところで左のコースへ踏み込んで行く。
たくさんの石仏を眺めながら突き当たりまで進み、Uターン気味に下へと折り返す。みんな赤い前垂れを掛けていらっしゃる。
いくつも起伏があり、途中にはイスが置かれている。ガードロープが張られたアザミ保護地区を通過する。
「八十八ヶ所 道しるべ 展望所」の標識に帰り着いた。墓地の脇を抜けようとするとジムグリが現れた。一瞬ヤマカガシかと思ったが、もっと赤くて小さい。じっとしているので、ストックでコンクリートをたたいたら移動してくれた。ちなみにジムグリは猛毒のヤマカガシと違って無毒。地中に潜るのが名前の由来とか。赤っぽい茶褐色に黒の縞模様が綺麗だ。
東を向くとそこにも富士が? 稲積山方面をこの位置から眺めるとこんなに富士山ぽい容姿とは・・・・。無事に境内へ帰着できて感謝の一礼。
帰り際に気づいたトイレ。「登山者用お手洗い ご自由にお使い下さい」とある。登山者へのご配慮、ありがとうございます。
隣接した皇太子神社に立ち寄って参拝する。「おうたいし」と読み、室本浜に麹の神が漂着したのを祝ったのがはじまりとか。
そしてバス停へ。何とこのバス停、以前に七宝山・稲積山を訪れた時に乗降したバス停だった。三つの山々はご近所どうしだったのだ。こうして讃岐七富士探訪はめでたく完結。 チョ~ン!!