1.アナログ版開発の目標
デジタルマイク版(MEMSマイク版)の終わりでふれたように、次の課題は、高音質で製品の種類も多いコンデンサーマイク用のシステムを開発することでした。2021年10月には高性能の「Raspberry Pi Zero 2 W」が発表されて期待しましたが、2022年6月21日に始まった国内販売での販売数量はわずか749個で、とても入手できる状態ではありません。それ以前からPi Zeroも入手困難な状況が続いていたので、思い切ってアナログ版の製作に踏み切ることにしました。
かつてオーディオのプリアンプやパワーアンプを作ったことはあるのですが、それは大昔の話で、アナログの世界からはすっかり遠ざかっていました。したがって、どのような回路・部品でどのように製作を進めるかといったことから考える必要がありました。
このような状況下での開発ですから、目標は次の点に絞り込みました。
・自然な音質、できれば音楽を楽しめる音質を目指す。
・音域調整が可能なイコライザーを搭載する。
・可能な限りシンプルな回路で実現する。
・サイズの大型化を避ける。
このためにできる限り製作に関する情報を幅広く収集して、必要であればブレッドボードあるいは汎用プリント基板上で試作・評価しながら進めることにしました。
2.製作過程で発生した問題と対処
製作に着手すると、あるいはその前段階からいくつも問題が発生しました。最初にこれらを整理しておきましょう。
①イコライザー回路の決定
まず問題になったのがイコライザーをどうするかということです。フォノイコライザーの情報は少なくありませんが、複数の音域に分割してゲインを調整するグラフィックイコライザーについては、国内情報は多くありません。海外には回路情報なども豊富ですが、古いイコライザー専用オペアンプを使っていて現在では廃番になっているものは対象外。また使用パーツの関係でサイズが大きくなってしまうものも対象外になります。
結局、図書館の情報検索で見つかった雑誌記事、CQ出版『トランジスタ技術2020年7月号』の「ギター/ベース向け8バンド・グラフィック・イコライザ」を参考にして製作することにしました。
②電圧の問題
音質の点では電池が理想的で、当初は充電可能な9V角形電池(リチウムイオン電池)を考えました。しかし、電池の残量が確認しづらいことや、充電時間が長いことからモバイルバッテリーに変更しました。そうすると9Vを供給するために昇圧型DCDCコンバーターが必要になり、ノイズやサイズに心配を残しますが、試行の結果さほど問題ないと判断してモバイルバッテリーを採用しました。
③ノイズ対策
9Vリチウムイオン電池でオーディオ回路のテストをしていた時に、突如イコライザー回路が発振して猛烈なノイズに襲われました。これは耳に危険なほどのもので、絶対に食い止めなければなりません。原因は電圧低下によることが判明したので、Raspberry Pi Picoで電圧を計測し、電圧が基準値を下回ったら給電を停止させることにしました。
また、電源ON/OFF時に発生するポップノイズも、Picoとリレー・ユニットで制御することにしました。
④サイズの大型化
容量の大きいコンデンサーを使用するイコライザーはサイズが大きくなるのを覚悟していましたが、昇圧型DCDCコンバーターの設置やPicoとリレー・ユニットの追加などで、完成品のサイズはどんどん大きくなります。結局、前回のHAT21よりひとまわり大きい、150x40x100mmのケースに何とか収めることができました。重量も本体部分だけで330gです。
⑤配線に四苦八苦
小さな汎用基板上に、抵抗器は縦型で配置して裏面に部品のリード線やカラーコードでびっしりと配線します。こうなると回路図からいきなり配線するのは難しくなります。まずセクションペーパー(方眼紙)に部品配置を決めて、配線を書き込みます。これで上部から見た図面ができあがります。それをスキャナーでパソコンに取り込んで、画像処理のミラーで反転させると裏面図になります。文字や記号は反転してしまいますが、これを印刷して配線作業に使用します。
ここまで手間をかけ万全を期しても、後期高齢者の脳と眼には厳しく、時にはハンダでやけどなどしながら頑張り、事後に目視とテスターで確認してやり直しや調整を行いました。
3.HAT22の概要と構成
下図にHAT22の構成を示します。①から③は音声の収集から加工・増幅までを担うオーディオユニットを形成し、その他は給電やミュートなどの制御を行います。
![](photo/HAT22_diagram.jpg)
①マイクアンプ(Microphone Amp.)
コンデンサーマイクに電圧を供給して音声を集音し、適当なレベルまで増幅してイコライザーに送ります。ステレオのマイクアンプです。
②イコライザー(Equalizer)
音声の周波数帯域を8つに分けて、それぞれの帯域のゲインを調整(強調または減衰)できる8バンドのグラフィックイコライザーです。これによって、利用者の左右の耳の聴力に応じた聞こえ方を調整することができます。
③ヘッドフォンアンプ(Headphone Amp.)
イコライザーで調整された音声信号を受けて、イヤフォンやヘッドフォンで聞こえる音量に増幅します。利用者の左右の聴力にあった音量を設定することができます。
④電源供給(Power Supply)
モバイルバッテリーから受電し、可変昇圧型DCDCコンバーターで9.0Vに昇圧します。この部分には、Pi Picoで電圧測定をするための分圧回路も設置します。また、DCDCコンバーターを通してPi Picoに5.0Vを給電します。
⑤リレーユニット
リレーユニットは2つの機能をもっています。リレーユニット自体には常時9.0Vが供給されていて、Pi Picoからのシグナルによって動作します。機能の一つはオーディオユニットに対する電源の供給/切断です。これによって、オーディオユニットは動作・停止します。もう一つの機能はミュートで、ヘッドフォンアンプからの音声出力を切断・接続します。
⑥コントローラー(Controller)
Raspberry Pi Picoです。所定間隔で電源電圧を計測して、電圧が不足すれば全体をシャットダウンします。またボタン操作を認識して、リレーユニットに電源の供給/切断とそれに対応した適切なミュート処理を指示します。
4.必要な工具類など
配線や金属ケース加工のための工具類が必要になります。これらについては、前回のHAT21での説明を参照してください。
・配線と組立に必要なツール、工具類(テスト組み付け用のボード類は必ずしも必要ありません)
・板金加工に必要な工具(「(2)便利な工具」だけが対象です)
5.Raspberry Pi Picoの開発環境
コントローラーとしてPi Picoを使用するのは工程の終盤になりますが、どのように開発を進めるかについて簡単に述べておきます。
Raspberry Piのプログラミング言語としてはPythonが普及していますが、ここではこのコーナーの他のプロジェクトと同様にC/C++言語を使用します。制御などの組み込み系では、きわめてシンプルに記述できて処理速度が速いこと、きめ細かい処理が可能なことなどが主な理由です。今回の制御は簡単なためMicroPythonへの書き換えも容易でしょう(コードの詳細は最終章で解説の予定です)。
当面の課題は開発環境をどうするかということです。PicoはOSを搭載できないので、OSを搭載した他のコンピュータでリモート開発環境を整備する必要があります。この場合のOSと開発環境の組み合わせは豊富で、対象OSとしては
・Windows
・Linux
・macOS
などがあり、ここではWindows10を搭載したノートPCを使用します。
Windows上でC/C++開発環境を構築する場合のもっとも一般的な方法は、『Getting started with Raspberry Pi Pico』の「8.2.Building on MS Windows」に従って、以下のツールチェイン(Toolchain)をダウンロードしてインストールするものです。
・ARM GCC Compiler
・CMake
・Build Tools for Visual Studio 2019
・Python 3.7
・Git
続いて、統合開発環境としてVisual Studio Codeをインストールして環境設定を行い、サンプルプログラムが正常にに動作すれば開発環境の準備は完了です。この方法を採用するかどうかは別にして、『Getting started with Raspberry Pi Pico』に目を通しておくことをお勧めします。
以上の一連のインストールはやや複雑ですが、Windows上ではもっと簡単に開発環境を準備する方法があります。それは「Arduino IDE」の採用です。Arduinoは簡単に扱えるワンボードマイコンです。IDEがどのようなものであるかは、このコーナーの『ESP32による近距離無線通信の実験① 準備作業編』などをご覧ください。Arduino IDEのインストール自体が簡単ですし、インストール後にいくつかの設定を追加するだけでPi Picoの開発ができるようになります。今回のプロジェクトではこの環境を使用します。