舞鶴からの出発に乾杯!
船が岸壁を離れたのは、時刻表の出発時刻より5分ほど早い0時40分。出港の汽笛一声を期待していたが、深夜のためか静かな船出となった。港をふり返ると、先ほどまで「はまなす」に隣接して着岸していた貨物船が、どんどん遠くなってゆく。
ぼくたちの部屋は洋室、長男君は同じ一等船室の和室。みんなで集うには和室がくつろげるということで、船内売店で用立てておいたビールとつまみを持ち込んで、「カンパ~イ!」。
初日は陸路で舞鶴までの移動と乗船のみだったが、部屋に落ち着いてからは随分にぎやかなスタートになった。
「はまなす」とぼくたちの船室
船室に落ち着いてからは部屋の細部を確認する。 一等船室の居心地はきわめて良好だ。揺れはまったくなく、ベッドに横たわるとエンジンの小さな振動が航行していることを伝えてくるだけ。 それにもかかわらず、まだ薄暗いのに目覚めてしまい、窓のカーテンをちょっと開いて外を見る。 窓外に広がる広大な海はべた凪ぎで、こんなに穏やかな日本海がありかと疑いたくなるほどだ。その海面が引っ張られるように後方へ高速移動する。 午前8時半頃、七ツ島の真北辺りを航行している情報がテレビのナビ画面に表示されている。 --------------------------------------- 小樽到着まで残り 13時間13分です 舞鶴港出港時刻 00:45 小樽到着時刻 20:45 航行速度 29.3ノット 53.2Km/h ---------------------------------------
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素敵なパブリックスペース
一等船室がある5Fは、個室が4列に並んで配置されている。一見するとホテルのような感じであるが、揺れで床が傾いても歩行できるように手すりが付いている。どちらかといえば、バリアフリー完備の病院に近い感じかもしれないが、もちろん消毒液の匂いはないし、それにきわめて静かである。 ぼくたちの部屋はどちらも左舷(海側)にあるので、窓から海の様子をうかがうことができる。 |
5Fのレイアウトをざっと記録しておくと、まず、船首側にはフォワード・サロンと呼ばれる快適な部屋があって、ここからは、進行方向に広がる雄大な景色を望むことができる。
フォワード・サロンの快適さは、ここに身を置いてみないとわからないと言い切れるほど快適。写真のように船首に向かってずらりと椅子が並んでいて、前方には雲がさまざまな形を描き、それが海の明暗に反映する。海面が、波が、微妙に変化して飽きることがない。
もっともこんなことは穏やかだから言えるわけで、時化ともなれば、固定されていない椅子は跳ね飛ぶこと間違いなし。人生の多くを船乗りとして送った兄貴殿(無線技術士・無線通信士・通訳)は、船乗り入門時代に小型漁船に乗務したことがあり、「東シナ海が荒れた時には海が小山のようになり、その小山に向かって舵を取り乗り切っていく。スクリューが空を切って、エンジンが悲鳴をあげる」と話してくれたことがある。
だから、時化になるやいなや、このサロンの椅子は全部片付けられてドアはロックされ、誰も近寄れなくなるに違いないと、そんなことを思ってしまうほど穏やかで長閑な風景が広がっている。
積丹半島を過ぎた17時45分頃、しばらく読書していた視線を前方に移すと水平線に黒い波が見える。一瞬、かつて萩に行った時に出くわした、荒天の日本海の滝のような波の音を連想。あのとき見た覆い被さるように押し寄せる波を思い出してゾッとした。
しかし海面は静寂そのものだ。そのうち、これが潮目というものであるらしいことがわかってきた。
フォワード・サロンの次はオープンデッキ。
航行中にここに出ることがなければ、移動しているのを忘れてしまうかも。
緊急用なのだろうか、ヘリポートがあって、すぐ後ろに大きなウィンチがあり、そこからずっと水平線にかけて航跡が伸びる。「走っているよ!」と海が伝えている。
左下の写真はカフェ、右はカフェへの広々とした通路である。脇には一人掛けながら、ゆったりとしたテーブルと椅子があり、ここの居心地も良好だ。
明け方に通ったら、バックパッカー風の若者が、この椅子で何やら読みながらノートにペンを走らせていた。昼前に通ると、彼は椅子にもたれて居眠り。夕方前には、同じ椅子でカメラの手入れをしていた。かようにパブリックスペースは居心地がいい。
さらに、スイートルームや特等船室がある6Fにはコンファレンスルームがあり、DVD映画鑑賞会や、この船の機関士であるサキソフォーンプレーヤーによるJazz演奏会が開催されていた。DVDシアターでは『こぎつねヘレン』を鑑賞する。Jazz演奏は、テナー、アルト、ソプラノのサキソフォーン3本を使い分けての熱演。パソコンとギターによるバックミュージックとの共演や、自在につくり出される特殊音には感心した。
その間にも、大きな船体は時速50kmを超える速さで、穏やかな水面を滑るように前進。
一日を振り返ると、ほとんどの時間をパブリックスペースですごしており、どうやら一等船室は、寝るためだけだったような印象。
三つの大イベント
これらの船内でのイベントに加えて、他にも三つの大イベントがあった。
午前10時25分頃、ぼくたちを乗せた「はまなす」は舞鶴へ向かう姉妹船「あかしあ」とすれ違う。この時に初めて、この船の美しさと大きさを知ることになる。華麗な2隻が、110km/hの相対速度で近づき、長い汽笛を鳴らして合図を送り遠のいて行く様は、今回の航行でもっともエキサイティングなシーンのひとつだった。
めったに使ったことがないデジカメの動画モードをスタートさせる。遙か彼方からやって来た「あかしあ」がファインダーいっぱいになって、やがて何やら不明な映像に。急いでズームを縮小方向に修正して視野に収めるが、今度は信じられない速さで遠のいて行く。再びズームをプラス方向に絞り込みながら船影を追うが、間もなくファインダーの外に消えてしまう。そうして海に目をやると、水平線ばかりが広がって、もうそこにはなにもない。
【動画:姉妹船「あかしあ」とのすれ違い】 |
もうひとつは海に沈む夕陽。
昼過ぎから広がってきた青空がそのままキープされていて、ゆっくりと太陽が降下していく。それに連れて風が出て気温が急速に下がる。デッキには早くから大勢の人が集まって日没を待っている。
19時20分ごろ、予想していたほど太陽は大きくならなかったが、真紅から徐々に紫を帯びながら沈む様は美しかった。ただ、水平線ぎりぎりのところに雲があったので、海上に伸びると期待していた黄金の帯を見ることはできなかった。
そして三つめのイベントは小樽港への着岸。
舞鶴港を出航してからは海また海で、途中わずかに奥尻島が見えてまた海が広がる。さらに進んで小樽が近づく直前には、遠くに積丹半島が現れて、神威岬(かむいみさき)から積丹岬へと陸が続き北海道が近くなったことを実感する。
( <=== 遠くに見えた積丹半島 )
20時間近くの航海の終盤、到着30分ばかり前に船室に戻って上陸のしたくをしながら、ふと見た窓の外には宝石をちりばめたような夜景。その何と美しいことか。しばらくは手を止めて、窓に額を押しつけて見入るばかり。金銀に色とりどりの灯りが混じった海岸線に、ライトブルーの大きなワンダーホイールがひときわ美しい。
しまった、見とれてしまってカメラを向けるのを忘れていた。経験則から、自分の腕では、このような環境での夜景撮影はほとんどうまくいかないので、まぁいいかと諦める。
到着後はホテルへ直行
小樽グランドホテル・クラシックは運河に近く、その名の末尾にクラシックを付けて呼ばれるとおり、シックで落ち着いたホテルである。
到着した21時過ぎ、観光で夜の散策を楽しんでいる一団が、通りの向こうからこちらを見て何やら楽しそうに語っている。この旧越中屋ホテルは、小樽観光のスポットにもなっているのだった。
チョコレート色のレンガ造りの美しい外観、内部はぐっと落ち着いた雰囲気。最近のカウンター形式のフロントとは無縁で、入口のあたりにアンティークな机を配した小さな受け付け。そこから奥のエレベータまでは、カーペット上に大理石をカットした装飾の廊下が続く。これはもう、決してばたばたと小走りなどできない。
〔翌朝の小樽グランドホテル・クラシック〕 |
〔ぼくたちの部屋のキー〕 |
それから夜の小樽運河をひとまわり。明日を楽しみにしながら、部屋のアロマポットにラバンジンの香りをくゆらせながら就寝する。船中で、明け方に何度もベッドを抜け出して眺めた後方に滑る海、フォワードサロンやデッキでの風景などがゆっくり頭をよぎる。